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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Sandpit

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 高校二年生になっても、動物園のような教室。自分もその一部でいながら、不意に頭だけが一歩引いて、何をしているのだろうと宙に浮いたような気分になる。川端は水島が目の前に差し出すスマートフォンで動画を見せられながら、助けを求めるように後藤の方を見た。こちらはこちらで、自分のスマートフォンと睨めっこしている。その表情が変化したとき、川端は体を起こした。後藤は適切な言葉を探しきれなかったように、顔をしかめながら呟いた。
「は?」
 机を挟んだ向かいで、水島が同じように眉を曲げながら応じた。
「お?」
「いや、真似せんでいいから」
 後藤は笑いながら言うと、川端にメッセージが表示された画面を向けた。
「全然気づかんかった。弟さまから、怒りのメッセージや」
『夜中走ってるん、中学校でクレームになってる様子です』
 その文面を横から覗き込んだ水島は、口角をひょいと上げて微笑んだ。
「ん−もう、めっちゃ可愛い」
「どこがやねん」
 後藤が顔をしかめると、川端が水島の肩を持つように眉をひょいと上げた。
「仲がええの、伝わってくるわ」
「伝えてないわ、そんなん」
 テンポよく言い返す後藤の姿を見ながら、川端は笑った。三人とも一限目から学校にいるなんて、世界で最も真面目な不良だ。むしろ、教師の方が素行不良なぐらいだ。体調を崩して休んだから自習になったが、二日酔いで何度か休んだ前科があるから、誰も本当の『体調不良』とは信じていない。だから今も、厳密には授業中ではない。バイクに跨っていないだけで、こうやって輪になって話すのは深夜の治安維持パトロール時から地続きだ。
「ちゃうねん、ノーマルマフラー高いのよ。言うといてや、うるさくてごめんって」
 川端が弁解するように言い、後藤は苦笑いを浮かべた。
「うちの弟、自分らにとってなんなん。神? そんな気を遣わんでもええって」
「いやいや、未来があるやんか。わたしらなんか、なあ?」
 水島が言い、川端はその目をじっと見つめながら、言った。
「五年後ぐらい、何してんねん」
「分からん、死んでさえいなければよい」
「ほら、こんなもんですわ。てか今の、よう噛まんと言うたな」
 川端が言ったとき、チャイムが鳴った。午前九時五十分。このまま一日自習になってくれても、正直構わない。後藤は、川端と水島の様子を一歩引いて眺めた。五年後に生きていれば万々歳なカップル。向こう見ずで、生き生きしている。川端の好きなものは、音がうるさくて煙が出る機械。対して水島の好物はスマートフォンの中に揃っている。SNSを何かやってみたらと薦められるが、まず始めようと思わない。招待メールも随分前にもらったが、放置したままだ。川端は彼氏だから付き合いで嫌々やっているらしいが、『いいね』をつけるために開くのがそもそも億劫だと言っていた。そして、折れるところは折れるが基本的に硬派な川端が今考えているのは、おそらく夜に出くわしたセフィーロのことだ。後藤が目を合わせたとき、川端は言った。
「まあ、うるさかったかもしれんけど。昨日のパトロールはアツかったな」
「いやー、ヤバい感じしたけど」
 後藤は首を傾げながら、セフィーロがことごとく信号を無視する様子を思い出していた。動き自体は静かなのに、信号自体が見えていないかのような、前のめりな動き。排水溝の中を覗き込んでいたのも気にかかる。川端は気にしない素振りを見せているが、自分と同じように、同じ部分に引っかかっているはずだ。
「中に何人乗ってるかも、分からんかった」
 後藤が続けると、川端は笑い飛ばした。
「後ろ、スモークやったからな。でも、出て来とった奴は小柄やった」
 その言葉のトーンに、水島は動画を止めた。仲たがいというわけではないが、川端と後藤の間で意見が分かれることは、よくあった。二人とも譲らないし、例えどちらが正しいと思っても、自分は川端の後をついて行くことに決めている。
「二限って、中岡か? 悪い、行きますわ」
 ひとりで結論を出した川端は、椅子に引っかけた上着を掴んだ。水島は肩をすくめてスマートフォンをリュックサックに仕舞いこむと、後藤に言った。
「わたしも出るわ。んじゃね」
 何ごともなかったように階段を下りる川端に、水島は言った。
「どこ行くん?」
「分からん。パトロールの続き」
 川端の揺るぎない口調に、水島は口笛を吹いた。だとしたら、近所の『駐輪場』までバイクを取りに行かなければならない。バイクで学校に来るときは、親が整備工場をやっている内田の家に置いている。不良のたまり場で、何もかもが黙認される場所だ。
「めっちゃ早足やん。なんか、当てがあるん?」
 水島が言うと、川端は笑った。
「なんもないわ」
 実際、何もない。ただ、後藤にかけられる言葉が見つからなくなっただけだ。危ないと言えば、危ない行為だ。しかし、あそこで空ぶかしをしたからといって、一体何の危険がある? あんな古い車など、路地を数回曲がったら簡単に撒ける。だいたい、中学校の周りを夜中にうろついている輩など、ロクな人間がいない。それに、後藤には弟がいるし、本当に危険なら巻き込みたくないというのも本音だ。夜中に走るとうるさいというクレームも、返す言葉がないぐらいに真っ当な意見だ。だから、昼間に走ればいい。それで、セフィーロと小男が戻っていなければ、全てが丸く収まる。
 学校の裏門から外に出ると、川端は内田の家まで早足で歩いた。裏の広場に停めてあるVT250にまたがってジェットヘルを被ったとき、スマートフォンの画面を見つめながら水島は言った。
「お腹空く」
「空いたんじゃなくて?」
「お昼の話ね。どっかいこな」
 機嫌を取るわけでもない。ただ、その寂しそうな表情を見ていると、何も言えなくなる。川端はうなずくと、後ろを目線だけで振り返った。
「先、食べるか?」
「今は満腹。ハイヨー!」
 馬を焚きつけるように、水島は川端の背中を叩いた。笑いながらエンジンをかけると、川端は言った。
「乗ってから言わな、馬だけ先に行ってまうやろ」
 水島はリュックサックのサイドポケットにスマートフォンを仕舞いこみ、笑いながら後ろに飛び乗った。ヘルメットを被ったことを目で確認してから、川端はクラッチを握り込んだ。
   
    
「はい、そうですね。そろそろ十時に近づいてきたんで、探そうかと思います」
「なに、その十時って。こだわってんの?」
 トミキチの早口は、昔から変わらない。滑舌が悪いから、日本語に聞こえないときもある。ヤマタツは腹の底から小さくため息を吐き出すと、言った。
「人通りが少なくなる時間を狙って、柿虫に探させます」
「はーっ、一回見つけられへんかった奴が、日が出た途端に何? クワッて見つけよるわけ? そんなデウスエクスマキナみたいな話あるか」
「そうですね」
 ヤマタツは短く答えながら、眉間を押さえた。トミキチが言った横文字は、物語が錯綜したときに天から何かが降りてきて、全てを解決してしまうという意味だ。明るい時間帯の方が積荷を見つけやすいという、ただそれだけの話なのだから、的外れにもほどがある。
「とりあえず、吹谷とモッサンは帰しました。あの二人は目立つんで」
作品名:Sandpit 作家名:オオサカタロウ