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神のみぞ知る

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 その先生に悪戯されたことで、頼光少年は、トラウマになってしまったのだが、それは、
「相手が年上でなければ、勃たない」
 という遍歴ができてしまったのだ。
 それを憂いた父親が、
「少しでも、若い子に」
 と思ったことから、若い子が息子を誘惑するような形にしたのだが、それも結局、極端すぎて、
「若い子が皆自分のいうことを聴く」
 という錯覚をしてしまったことで、承認欲求が満たされないことで、犯罪に走ったというのが、今の状態だった。
 本当であれば、
「病院に強引にでも入れるべきなのだろうが、父親としては忍びなかった」
 のである。
「自分が、こんな風に息子を変えてしまった」
 という意識があるので、後ろめたさから、
「病院に入れることも、さらには、犯罪を見てみぬふりをして、後でしりぬぐいをする」
 という形にしかできないのだった。
 それを考えていると、
「頼光とすれば、どのようにすればいいのか分からず、悶々とした日々を過ごしながら、考えていることは犯罪行為しかないので、時期がくれば、また繰り返す」
 というだけのことだった。
 頼光が襲った女の中には、とんでもない女もいて、暴行されるまではおとなしかったのかも知れないが、
 その後、自分の性癖に気付いたのか、
「変な性癖を持った男たちばかりが寄ってくるようになり、そのうち悪だくみをする女も現れた」
 男を、ミニスカで煽る形で、電車に乗り、痴漢をするかしないかのところで、男が現れ。
耳元で、
「ちょっとこい」
 と言われ、女と一緒に駅裏に連れていかれて、
「あんた、この子を触っただろう?」
 と因縁を吹っ掛ける。
 要するに、
「美人局」
 のような形だ。
 そういって、相手を脅迫し、パスケースや、会社の名刺などを取られて、
「俺たちのいうことを聴かないと、どうなるか?」
 ということになるのだ。
 もちろん、犯罪は、
「現行犯」
 が基本なので、後から、
「こいつ痴漢だ」
 と言っても、なかなか信じてもらえない場合がある。
「冤罪」
 というものが怖いからだ。
 これは当たり前のことであり、
 怯えている男はそんな当たり前のことすら分からずに、
「もし通報されれば、家族はバラバラ、会社もクビ、路頭に迷ってしまう」
 ということであった。
 当然、脅迫され、金品を要求されるのも分かっている。そして、一度で終るわけなどないということもである。
 そう考えると、
「警察に本当のことを話すのがいいのだろうか?」
 と考えたが、それはできるわけがない。
 だったら、脅迫され続ける方がいいのか?
 ということであるが、それもハッキリと分からない。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
 と考えるが、
 人によっては、覚悟を決めて。
「相手の脅迫者を亡き者にするしかない」
 ということを考えるだろう。
 ただ、その場合は一人でできることではないので。共犯者が必要だ。
 しかし、その共犯者というのは、
「色仕掛けで誘う」
 という方法でも使わないと、まず自分の思い通りに行動してはくれないということだ。
「金で雇う」
 という方法もあるかも知れないが、金で雇うと、
「確かに冷徹な関係だから、その金額にさえいけば、用心棒としてはいい」
 ということになるのだろうが、これは本末転倒だ。
 色仕掛けをして引っかかるような女であれば、どれほどいいのかということであるが、相手にメリットがなければ、少なくとも、思い通りというわけにはいかない。
「相手もこちらが女だと油断するかも?」
 と思ったが、それも十分におかしい発想だった。
「金にしても、身体にしても、その結びつきは、冷徹というものでなければ、成立しないだろう」
 ということであった。
 犯罪を一度犯すと、それを守ろうとして、いろいろ策を弄すことになる。
 そこに感情が絡むとどうなるか?
 ということであるが、
 真田はそのあたりのことはよくわかっていた。
「なぜよく分かっているのだろう?」
 ということなのだが、
「俺たちって、犯罪にそんなに詳しくはないからな」
 というのが、真田以外の連中だった。
 確かにいかに誘われたからと言って、いかに進めばいいのか?
 ということであるが、
 一度、この輪の中に入ってしまうと抜けられないということにしてしまうことがいかに大変であるかということであるが、それができれば、犯罪計画もうまくいくのではないだろうか?
 ということも分かるというものだ。
「勧善懲悪」
 を突き進む沖田であったが、図らずも、
「犯罪の道に入ってしまった」
 ということで、このままでいると、
「自分で自分を抑えられなくなるのではないか?」
 と思うのだった。
 それは、妹の姿を見た時に感じた。
「犯人。ぶっ殺してやる」
 と思っていたのに、少し経てば、
「どうしてあそこまで必死だったのか?」
 ということが分からないと感じることだった。
 妹が乱暴されて打ちひしがれている姿は、本当に溜まらない。今思い出しても、吐き気がしてくるほどだった。
 だが、だからと言って、
「すべてを復讐」
 という形になるわけでもない。
「自分には自分の生活」
 というものがあるわけなので、
「その思いをいかに貫いていくことで、妹の無念に向き合うことができるか?」
 ということであった。
「その両極端な、歪をいかにうずめるか?」
 ということが問題となるのだった。
 それを考えると、
「躁鬱症」
 というものを考えるという考え方になった。
 つまりは、
「極端な性格」
 というと、
「躁状態」
 と、
「鬱状態」
 である。
「死にたくなる気持ちになることがあるというが、鬱状態のように何でもかんでも悪い方に考えることから、その時に死にたくなるのだろう」
 と思っているが、実は逆だという。
 というのも、
「鬱状態から躁状態になると、その時は、自分なら何でもできるという考えではあるのだが、心の奥に、まだ鬱の状態が残っている」
 というのだ。
 つまりは、
「鬱の状態の時に、本当は死にたいと思っているのだろうが、身体が動かないので、死ぬことができない」
 という、
 しかし、今度は躁状態になると、
「このまま死にたい」
 という思いを引きずったまま、
「今なら何でもできる」
 という思いが生まれてくるのだ。
 そうなると、無意識に自殺に走るというのもあるかも知れない。
 だから。むしろ、
「鬱状態よりも、躁状態に移る時の方が、一番恐ろしい」
 ということになるのだろう。
 それを考えると、今度の事件でも、
「誰か躁鬱症の人がいるのではないか?」
 と思ったのは、
「今回の事件で、二人ほど、死にたい」
 という人が現れたからだった。
 逆にいえば、その二人は最初にそう感じたわけではない。
「自殺菌」
 なる、
「ウイルス」
 なのか、それとも、
「細菌」
 が、人に伝染することで、自殺志願者が出てきたのだろう?
 ということであった。
 だから、最初に感じた。
「自殺志願者が、躁鬱症なのではないか?」
 と考えると、自殺志願者を探すよりも、躁鬱症の人間を突き止めて、その人を何とかするしかなかったのだ。
作品名:神のみぞ知る 作家名:森本晃次