無限ループ
「彼女は、頭がいいから、ある程度のことは、ちゃんと分かっています。だから、それをしつこく言ったりすると、せっかく自覚していることが、すべて悪いことのように思えてきたり、気持ちに整理がつかなくなったりして、パニックに陥ったりします。ただ、今の彼女を支えているのは、早く病気を治したいという気持ちが強いことですね。そのために、規則正しい生活を心がけることと、まわりの人の気遣いが大切だと思います。我々医者は、助言や治療はできますが、ご本人の生活に入り込むことはできません。だから、まわりの人で、少しでも彼女に寄り添ってあげられる人がいるのは、私たちにとっても嬉しいことなんです。これからもよろしくお願いします」
と医者からお願いされたほどだった。
そして、
「彼女の様子で何か、今までにないような症状が出てきて、本人が意識していないようなことがあれば、直接私に連絡をいただけますか?」
と、いわれ、連絡先をもらった。
「あなたのような幼馴染であれば、以前の彼女というものをよく知っていて、今までの経緯も一番お分かりでしょうから、あなたの目を我々も信じようと思うんですよ」
というのだった。
それは、田代にとって、
「願ったり叶ったり」
だったのだ。
その思いが分かっているだけに、田代は、
「医者のいうこともしっかりと理解しなければならないんだな」
と感じたのだった。
元々、
「俺はあいりのために、覚悟を決める」
というところまで考えていた。
「そこまで考えないと、どこまで相手を考えてあげるか?」
ということの頭の整理がつかないではないか。
最近の田代は、よく頭痛が続いていた。
あいりもそのことが分かっていたようで、何度目かの一緒の通院で、
「田代さん、最近頭痛が続いていると言っていたので、一緒に見てもらえるようになりませんか?」
とあいりがいうので、先生が、
「じゃあ、私が診てみましょう」
という。
この先生は、神経科はもちろんのこと、脳外科の権威でもあったのだ。
とりあえず、精密検査のようなことをしてみたが、そこで極端にひどいことはなかったようだ。
MRIやレントゲンでは、異常は見られず、脳波検査も正常だった。
「偏頭痛かも知れませんね」
ということであったが、とりあえず、様子を見てみようということになった。
医者も一つ気になっていたのが、
「ストレスからの頭痛」
というものであった。
「田代さん、あまり無理をなさらないでくださいね。あなたが、無理をすると、せっかくあいりさんをサポートできる立場のあなたまで、体調を崩すと、お互いにきつくなるだけですからね」
ということは言われた。
実際、田代も自分の中で、
「ストレスが溜まっている」
ということはわかっているようだった。
「田代さんは、結構繊細な方なんですね?」
とあいりにいうと、
「ええ、そうなんです。繊細というよりも、純粋な感じを私は受けています」
とあいりは医者に言った。
医者もそれを聞いて。
「ああ、なるほど、それはわかる気がする」
ということを言って、自分なりに理解しているようだった。
田代の頭痛は、やはり偏頭痛のようであり、ただ、最近、それが定期的に起こるようになってきた。
「やはり精神的に何かを抱えている」
という証拠なんだろうか?
ということを、田代も、自覚しているようだった。
実際に、抱えるストレスというのは、あいりのことばかりだった。
あいりも、本当は、
「ごめんなさい」
と面と向かって言いたいのだが、なぜかそれができるわけではなかった。
これが他の人だったら、別に言えるのだろうが、相手が、田代だったら、
「そんなことを言えるわけもない」
と思っている。
それだけ田代を大切に思っていて、完全に頼っているという証拠なのだろう。
それを考えると、正直な気持ちを自分の口からいうことができないことに、苛立ちも覚えているのだが、なぜか、安心感もあった。
「自分の気持ちが分かる気がするからだ」
と感じたからだったのだが、
「彼も一緒になって、医者の話を聴いてくれている」
という思いから、自分が彼に依存していて、それでも医者は、それを咎めることはない。
そういう意味で、
「私の委ねは、依存ではないということなのかしら?」
と思うようになると、
「じゃあ、何なのかしら?」
と感じるようになり、その思いをあいりは、見つけあぐねていた。
あいりも、自分で自分のことを、
「本当は頭がいいんだ」
と思っていた。
そして、
「人の気持ちを分かったりすることもできるんだ」
と思っていただけに、
「田代さんの気持ちを、時々分からない時がある」
ということが不安だったのだ。
他の人とは違った意味で、分からない感覚である。
完全にベールに包まれたようなそんな雰囲気の中で。
「どう考えればいいのだろう?」
ということであった。
だが、それはあくまでも、考えすぎだったようで、定期的に医者に通うようになって、少しずつよくなっていくのだった。
田代はそんな病院の帰り道、一人の男性と出会った。どこかで見たことがあったような人だったが、田代の会社の先輩で、最近辞めた人だった。その人と、最初は普通に話をしていたのだが、一緒にいたあいりのことが気になったのか、チラチラと見ている。それを見て気になった田代が、
「どうしたんですか?」
と聞いてみると、
「ああ、いや、私もずっと昔の知り合いにとてもよく似ていたのでね」
と言って、あいりを意識してしまっていたのだ。
「そうなんですか?」
ということで、相手が用事があるということで、ゆっくり話をできる状況ではないようで、急いで、その場を去っていった。
実は、用事があるというのは口実で、これ以上、あいりを見るのに忍びないという状況だったのだ。
「今の人は?」
とあいりが聞くので、田代は、
「ああ、前、会社でお世話になった人で、三津木さんという人なんだよ」
というではないか。
そう、賢明な読者であれば、容易に想像がつくであろう。
「三津木義治」
まさにその人だったのだ。
大団円
三津木は、離婚してからしばらくは、ゆっくりと自分を見返していたが、少しずつ離婚のショックから立ち直っていくうちに、少しずつ婚活のようなものを始めていた。
当時では、婚活というと、
「お見合いパーティ」
なるものが流行っていて、それ専用の会社もあり、一日にいくつかの会が催されているようだった。
会費も、
「男性が、平均して、三千円くらいから五千円くらいで、女性は千円という、男女で差別化がされていた」
というのも、
「差別化をしないと、なかなか女性が集まらないので、会の男女比率の悪さから、せっかく計画していても、開けない場合がある」
という意味で、しょうがないところがあるようだ。
もっといえば、一日、3つの会があったとすれば、すべての会に参加している女性も結構いるということになり、会の主催者側からすれば、
「サクラ」
としての役割をしてくれているということになるであろう。