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さよなら、カノン【小説版】

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マネージャーは男性警備員がひと通り駐車場の捜索を終えるのを待って、建物内に戻った。手帳のメモ書きを破いてサービスカウンターの女子社員に手渡すと、通用口廊下に面する警備員室に立ち入った。
警備員室には複数の防犯カメラ映像を流すモニターが並んでいる。
そのどれかにカノンが映る過去映像がないか、マネージャーは男性警備員に指示し調べ始めた。
キナリヤの店内と駐車場に女性の声で迷子のお知らせが流れた。
「カノンちゃんとおっしゃる5歳の女の子を、お母さまが・・・」
駐車場では2体のキリンを積んだ軽トラックが誘導員の前を横切り、場外へ出るところだった。
実穂子の耳にも館内アナウンスが届いた。
館内放送が功を奏するかも知れないが、実穂子は受け身でいられなかった。
カノンの消息を追って、キナリヤ館内を探し回った。
屋内階段を降りる途中、階段の踊り場で遊ぶ幼い子どもを見かけた。
愛くるしい顔立ちであったが、カノンではなかった。
子どもの行動はまったく予想がつかない。
予想外の場所に紛れこんで出られなくなっているのかもしれない。
実穂子は女性警備員を引き連れて、売場の什器の陰や店舗のバックヤードの隅々まで捜索を続けた。
しかしカノンを見つけることはできなかった。
一旦建物内の捜索を中断し、屋外の駐車場に戻ることにした。
屋外に出ると、実穂子と捜索を共にしていた女性警備員の無線機に連絡が入った。
交信を終えた女性警備員が実穂子に言った。
「もうすぐ足高警察署のパトカーが到着するそうです」
実穂子は少し戸惑いつつ、「そうですか」と力なく俯いた。
陽は西の山なみに暮れ落ちて、駐車場の中央に立つカクテル照明が光度を増していた。
閉店時間が迫り、駐車場の混雑は解消されていた。
実穂子はエントランス横のベンチに腰掛けた。
スマートフォンをポケットから取りだすと、通話履歴から”正樹“を選びタップした。


東京都心まで電車で2時間余。
山梨県の小さな町の体育館で社会人女子バスケットボールの試合が行われていた。
体育館は2階に相当する高さのエリアに階段状の観客席がある造りである。
観客席では両チームの応援団や関係者が、声援を送りながら試合を見守っていた。
協会が主催する公式の試合とはいえ、平日の夕刻に行われる下層リーグの対戦を見にくる観客は、関係者を除くと相当熱心なバスケファンに限られる。
スタンドを埋める観客の数は、両チーム合わせても百人に満たなかった。
それでも、地元チームの勝利を信じる者たちは全力で選手たちを鼓舞した。
観客席には簡易に作られた実況席があった。
二か所に配置された据置カメラと手持ちカメラで、試合の模様を録画中継していた。
フリーアナウンサーはマイクに向かってテンポ良く選手の動きを実況する。
吉川正樹は実況席の斜め下に位置取り、撮影機材からノートPCに送られてくる映像をモニターした。
ヘッドセットを首にかけ、クリップボードを手にアナウンサーやカメラマンに的確に指示を飛ばした。
正樹のズボンのポケットで携帯電話が振動した。
試合は残り時間がわずかとなり佳境に入っている。
正樹は片手で携帯電話を開き、発信者をチラ見した。
”実穂子”
携帯電話を閉じてポケットの奥に押しこむと、正樹は再び仕事に集中した。
ゲーム終了のホイッスルが鳴った。
アナウンサーは試合結果と放送スケジュールを短い言葉でまとめ
「ではまた来週お会いしましょう」
静かにカフを落とした。
正樹は一拍置いてアナウンサーに「はい、OKです」と合図を送った。
アナウンサーは笑顔で正樹に応えた。
再び正樹の携帯電話が振動する。
正樹は携帯電話を握りながら通路に出た。
「実穂子? どうした?」
「カノンが・・・」
実穂子の弱弱しく震える声が携帯電話から聞こえてきた。


実穂子が正樹との通話を終えて間もなく、赤色灯を灯した小型のパトカーがキナリヤのエントランス前に停車した。
実穂子はベンチから立ちあがって、降車してくる人物を見守った。
パトカーから降りてきたのは、制服のボタンがはち切れんばかりのふくよかな体形をした婦人警官であった。
「吉川さんですね。足高警察署生活安全課の福住です」
福住は実穂子に身分証を提示した。
実穂子は福住のいかにも正義感が強そうな濃い眉を見て、淡い信頼感を覚えた。
「すみません、こんなことで・・・」
「ご心配なく。それより座って話しましょう」
実穂子と福住は並んでベンチに腰掛けた。
着かず離れずの場所にいた女性警備員は、ふたりが着座する前に館内に姿を消した。
福住はさも経験を積んできたであろう誠実で穏やかな話し口調で、実穂子の緊張を解きほぐした。
「この辺りにご親族の方は?」
「いいえ、いません」
「ご家族は?」
「主人だけです」
「ご主人には?」
「はい、連絡しました」
「ご主人はこちらに向かっておられる?」
実穂子はすっと立ち上がった。
「カノンを探しに行かないと」
「待って」
福住も立ちあがって実穂子を強く制止した。
「いま、我々が総力を挙げて捜索にあたっています。何かあればここに」
福住は左耳に装着したイヤホンに指を添えた。
「何かあればすぐに動けるように、実穂子さん、私と一緒にいてください」
実穂子は幼稚園帽子を握りしめて「はい」と答えた。


キナリヤ警備員室ではマネージャーと複数の警備員らが防犯カメラ映像を注視していた。
その警備員室のドアをノックする者がいた。
その者はドアを押し開け、「警察です」と顔を覗かせた。
「足高警察署の藤原です」
「あ、藤原さん。お待ちしておりました。この度はご足労をおかけし・・・」
藤原は堅苦しい挨拶は要らないと言わんばかりに手を横に振った。
マネージャーはドアの前を広くあけるよう、警備員らを促した。
藤原は部下の青木を伴って警備員室に入った。
壁に掛かっているシンプルなデザインの時計を一瞥して藤原が言った。
「16時50分頃でしたっけ?」
「はい。私どもで2時間以上探したんですが、見つかる気配がなくて・・・」
「すみません、警備の力不足で・・・」
男性警備員がマネージャーと藤原の会話に割りこんだ。
「普通の迷子でしたら、1時間以内で発見に至っています」
普通ではない状況が進行していることを男性警備員は暗に示した。
万が一、つまり最悪の事態を想定してマネージャーは警察の協力を要請したのだ。
「3時間近く経って見つからない、ということは・・・」
藤原は警備員らを押しのけて映像機材の前に立った。
「で、どんな具合ですか」
「家族連れの子どもはいますが、はぐれた子どもはまだ・・・」
「そうですか・・・。この後は我々が引き継ぎますので」
藤原は青木を再生モニターの前に座らせた。
 ◇   ◇   ◇
キナリヤの駐車場に留まっている車はわずかとなった。
塔屋の看板の照明は消され、駐車場中央のカクテル照明は照度を半分に落とされた。
シャッターの降りたエントランスはそのままスポットライトが点灯し、出入口の床面を照らし続けた。
建物と駐車場を囲む外周道路には複数台のパトカーが参集し、物々しい雰囲気を醸しだした。
パトカーの回転灯が夜光生物の脈動のように不気味に息づく。