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さよなら、カノン【小説版】

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第三章



クリニックを出て、実穂子たちはターミナル駅に向かった。
クリニックに辿りついた道筋とは異なるが、信号が青に変わったので実穂子たちは大通りの交差点を渡った。
実穂子は横断歩道を渡る様々な人たちとすれ違った。
皆、我先に急ぎ足だ。
目が合うことはない。
皆、自分のことで忙しいのだ。
他人のことにかまっている余裕はない。
それが大都会ということなのか。
横断歩道を渡った先に、広場が主体の開放的な公園が広がっていた。
公園に面した歩道で、通行人にチラシを配るふたりの若い女性がいた。
ふたりはメイドカフェのコスチュームを着ていた。
「ご新規の方このチラシでドリンク一杯無料です」
目元を強調したメイクをしたメイドのひとりは、背中に白い犬のぬいぐるみを縫いつけたようなリュックを背負っていた。
メイドの口上や目を引く衣装に誘われて、中年男性らがチラシを受け取った。
実穂子はメイドにかまわず、足早にターミナル駅へ急いだ。
しかしカノンはメイドに興味を示し、立ち止まった。
正しくは、メイドが背負っているリュックサックに興味を示した。
リュックに白い犬のぬいぐるみが縫いつけられており、あたかもメイドが白い犬を背負っているように、カノンには見えた。
「何してんの。帰るよ」
実穂子はカノンの手を引っぱって帰路を促した。
が、カノンは実穂子の手を解いてメイドの傍に駆け寄った。
カノンはメイドのリュックを見あげて
「シロ、シロ」
とはしゃいだ声をあげた。
戸惑いを見せたメイドだが、やがてカノンの視線の先に気づいて
「あ、これ。かわいいでしょ」
と少し首を傾けた。
メイドは軽くあしらってカノンを追い払おうとしたが、カノンはメイドにせっついた。
実穂子が見かねて手招きした。
「カノン。こっちへ来なさい」
実穂子が手招きしたが、カノンはその場を離れない。
「わんこが見たいのね」
根負けしたのか、メイドがリュックを降ろした。
その時、メイドが手に持っていたチラシの束から7〜8枚のチラシが抜け落ちた。
チラシは地面に落ち、さらに数枚、風に飛ばされた。
メイドはリュックをカノンに預けて、落ちたチラシを拾った。
カノンはリュックを抱いて実穂子の元にやってきた。
「シロだよ、シロ」
「シロじゃない」
「シロだよ」
「あのお姉さんに返しなさい」
「やだ。連れて帰る」
「返しなさい」
「やだ」
押し問答が続いた。
「あんたのものじゃない。あのお姉さんのもの。返してきなさい」
実穂子はカノンに強く命じた。
周囲の通行人が立ち止まるくらいの大きな声だった。
それが逆にカノンの反抗心に火をつけたのか
「いやだ」
と言ってカノンは、リュックを抱いて実穂子から逃げるように駆けまわった。
通行人とぶつかりながら公園と歩道を駆けまわるカノンであったが、実穂子はカノンが走るルートを先回りしてカノンの前に立ちはだかった。
実穂子はカノンを捕まえて、カノンと目線を合わせた。
「人のものを盗っちゃだめ。返しなさい」
実穂子はカノンの手からリュックを奪おうとした。
「やだ」
カノンはリュックを強く抱いて抵抗した。
「ママの言うことがきけないの」
カノンの目が涙で潤んだ。
半泣きになりながら、カノンはリュックを実穂子に差しだした。
次の瞬間、カノンはリュックを振りあげて地面に叩きつけた。
「カノン」
実穂子はカノンを怒鳴りつけた。
荒ぶるカノンは、今度は地面に叩きつけたリュックをさらに踏みつけよう片足をあげた。
しかしカノンの足がリュックに触れる前に、カノンの身体が宙に飛んだ。
実穂子の力まかせの平手打ちが、カノンの左頬を痛打したのだ。
一瞬浮いたカノンは、公園と歩道の切れ目にドサッと崩れ落ちた。
カノンの小さな鼻腔から赤い血が流れた。
実穂子は、地面に伏している白い犬のリュックをいたわるように拾いあげた。
衆人環視のなかの出来事である。
さぞたくさんの視線が自分やカノンの注がれているのだろうと、実穂子は思った。
しかい、まったく視線は感じられなかった。
目を逸らしているのだろうかと、実穂子は周囲を見回した。
するとメイドたちはおろか、周辺にいる通行人誰ひとりとして実穂子のほうを見ていなかった。
彼らの視線はカノンに注がれていた。
地面に倒れているカノンではない。
風に舞うチラシを無邪気に追いかけるカノンだ。
そんなカノンを見て、人々は笑顔になっている。
ようやく拾ったチラシを、カノンは天使のような満面の笑みでメイドに届けた。


樹木が生い茂る山腹を貫いて敷かれた石段を、藤原と青木が降りていた。
「きっついっすね」
立ち止まって青木は、ペットボトルの水をごくごく飲んだ。
「革靴で登るもんじゃないな」
藤原も足を止めて、ハンカチで顔の汗を拭った後、扇子で首まわりに風を送った。
「もう膝ががくがく。いい運動になります」
「ところで青木、あれ持ってるな」
「はい、ちゃんと持ってます」
青木はスーツのポケットからジップロックを取りだした。
ジップロックの中には葉っぱのついた小枝が入っていた。
「この葉っぱと、カノンちゃんの髪の毛に付着していた植物片が一致する、とみているんですね」
「鑑識の見立てはそうだ」
「なら鑑識さんが採取に来ればいいのに」
「俺が志願した。もし一致するならカノンちゃんがあの神社にいたことになる。だとしたら現場を見ておくのは刑事の務め」
藤原と青木は、再び石段を降り始めた。
「課長はカノンちゃんがあの神社に2年間もいたとお考えですか」
青木はジップロックをポケットにしまいながら、藤原に尋ねた。
「それは考えづらいな。常駐ではないが宮司もいるし秋には例大祭もあって賑やかになる。2年間も人目につかずに匿うのは不可能だ」
「ですよね。失踪直後、僕もあの神社の捜索に関わりましたから。でも当時は発見することができなかった」
「犯人がどこか他の場所に監禁なり軟禁していて、面倒見切れなくなって置き去りにしたんだろう、きっと」
「でも課長、置き去りにするのに、わざわざきっつい登山をしますかね。それこそ人目につきませんか」
「そこなんだよな。その辺が謎だ」
「謎といえば、龍神さんと呼ばれているのに、稲荷神社なのも不思議」
「その辺の経緯は俺もわからん。龍神さん、以前は別の場所にあったの、青木は知ってるよな」
「え、そうなんですか。初耳です」
「そうか。若い奴は知らないか」
藤原はまた額の汗をハンカチで拭った。
「通称龍神さん。正式名称は龍尾稲荷神社。龍神さんは元々神楽山にあった。それが、ダムが建設される計画が持ちあがり、ひと悶着あってこの浅葉山の山中に移築された。俺が生まれる前の話な」
「それは知りませんでした」
「それで神楽山からこっちに移築される際に、境内にあった桜の木を何本か持ってきて植えたそうだ。鑑識によるとそれが非常に珍しい種類の桜らしい」
青木は再びジップロックをポケットから取りだした。
「これが・・・」
「葉っぱじゃわからんな」
「ということは課長、カノンちゃんは神社に置き去りにされた後、このくっそ長い石段をトボトボと降りて・・・」
藤原と青木は、石段の最後の段を降りた。
降りきったところに小さな鳥居が、参道の山門として建っていた。