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さよなら、カノン【小説版】

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第二章



サーブは山里に向かう最後のトンネルを抜けて、なだらかな下り坂を走行した。
闇に覆われた山間部を通り抜けると、眼下に街灯りがちらほら灯る低地が広がった。
田園地帯をしばらく走ると、町の標識が実穂子の住まう地名に変わった。
深く寝静まった農村部の県道を走る車は、実穂子が運転するサーブのみであった。
サーブのヘッドライトが道沿いにぽつんと建つ無人販売所の看板をかすめた。
無人販売所を通り過ぎて程なくすると、過疎の進んだ村で唯一営業しているコンビニエンスストアに差しかかる。
24時間営業のロードサイドのコンビニは、客が途絶える真夜中でも照明が消えることはない。
掲げられたチェーン店名が煌々と輝き、何時いかなる時でも客を迎える準備が整っていた。そのコンビニは建物をコの字に取りまくように、広い来客用の駐車場が設けられていた。
店舗の看板照明が駐車場の大部分を照らしていたが、奥まった端に光が届かない箇所があった。
その薄闇のなかに、ふたつの影が動いた。
地面からちろちろと湧きたつ小さな火花が、連続して背丈まで高く吹き上がった。
そのさほど強くない光の粒がふたつの影を妖しく浮かびあがらせた。
金糸の刺繍が施されたサテン生地のスカジャンが、光と影の狭間で揺れた。
スカジャンの袖先が吹きあがる火花に近づくと、その火花からさらに明るい火花が発光した。
手持ち花火に着火したのである。
手持ち花火はパチパチと音をたてて発光し、持ち手の顔を照らした。
大人でも子どもでもない、少年の顔であった。
少年は手持ち花火をもうひとりの少年に手渡すと、再び火のついていない花火を吹きあがる火花に近づけた。
ふたつの燃える手持ち花火を持った少年たちは、顔を見合わせて笑った。
くるくると花火を回転させると少年たちはそれを、収穫を終えたばかりの田んぼに向けて放り投げた。
ふたつの花火は夜空高く舞い上がり、弧を描いて落下した。
視界の隅で落下しながら消えていく微かな光が、ハンドルを握る実穂子には、儚い流れ星のように映った。

== 現 在 ==

ベンチの屋根を支える細い柱に隣接した街灯は、屋根の表面を部分的に明るく照らすものの、その下のベンチは逆に影を作った。
それでも幾ばくかの照度をベンチにもたらすことができた。
実穂子は、ベンチに伏しているカノンの前に跪いた。
カノンの背中に手を回し、優しく包みこむようにしてカノンをベンチに座らせた。
髪にまとわりついた木の葉を払いながら、カノンの顔を覗きこむ。
がしかし、カノンは目を開かない。
「カノン。カノンなの?」
カノンは目を閉じたまま反応しない。
薄暗い状況に目が慣れてきた実穂子は、カノンの着衣をチェックした。
浅葉幼稚園の文字がついた半袖体操着、水色の半ズボン、ピンク色の運動靴。
カノンが失踪した時の同じ服装であった。
靴の側面に消えかけているが、平仮名の“か“と読みとれる文字らしきものもあった。
座位が維持できないカノンは、何度か倒れそうになった。
その度に実穂子が手を添えて支えた。
「カノン、しっかり」
実穂子が震える声でカノンに呼びかけるが、カノンは目を閉じたまま反応しない。
このままカノンの意識が戻らなかったらどうしよう。
警察に電話する?
救急車を呼ぶ?
実穂子は気が動転して、何をすべきなのか思考が働かなかった。
ただ目の前に我が子カノンがいる。
眠るように目を閉じているが、その天使のような面差しは間違いなくカノン。
カノンを見つけたという事実。
実穂子はこれ以上ない喜びに満たされた。
例えこの先カノンの意識が戻らなくても、全身全霊をかけてカノンを護る。
実穂子がそう思ったとき、カノンのまつ毛が震え、瞼が動いた。
カノンの目が静かに開く。
「カノン・・・」
実穂子は囁くような小声で呼びかけた。
薄く開いたカノンの視野に、視認できるものは見えなかった。
漆黒の闇と眩い光がノイズのように入り乱れ、せっかく開いたカノンの目を閉じさせた。
ただ、実穂子の声は届いていた。
カノンの口元が
「ママ・・・」
と動いた。
実穂子は何の迷いもなくカノンを抱きあげた。
病院に連れて行くことも考えたが、いまは片時もカノンと離れたくなかった。
路肩に停めたサーブの後部座席に、意識のはっきりしないカノンを寝かせると、実穂子はサーブのエンジンをかけた。
時折ルームミラーで横たわるカノンの様子を確かめながら、実穂子はサーブを自宅まで走らせた。
自宅まであと少しというところで、実穂子は片手でハンドルを操作し、もう片方の手でハンドバッグからスマートフォンを取りだした。
ハンドルの高さまでスマートフォンを持ちあげ、実穂子は福住に電話をかけた。
実穂子のスマートフォンが福住の携帯電話に繋がった。
「あ、吉川さん、どうしました?」
「福住さん、あたし、龍神口のバス停で・・・」
「龍神口のバス停? おい、静かにして」
福住が通話口を押えて誰かに注意する。
福住の携帯電話口から複数の若者の罵声が聴こえてきた。
「ごめん、こっち終わったらすぐに折り返します・・・」
電話の向こうで福住が若者たちと言葉でやり合っていた。
「吉川さん、いまどこですか?」
「家に帰る途中です。あの福住さん、あたし・・・」
「じゃあ、すみません」
福住は一方的に通話を終えた。


コンビニの駐車場に赤色灯を光らせたパトカーが微妙な角度で停まっていた。
花火の白煙がうっすら残るなか、若い体格の良い男性警官がふたりの少年を太い両腕でがっしり掴んでいた。
ふたりの少年は男性警官の腕を振り払おうと身をよじらせたが、その都度警官の太い指が少年の二の腕の食い込み、苦痛の言葉が口をついて出た。
福住は看板照明が明るく照らすコンビニの入口付近で、コンビニ店主から少年たちの悪行を聴取した。
少年のひとりは捕らえられてもなお、店主に悪態をつく。
ひと通り店主から話を聞いたあと、福住は駐車場の隅に向かった。
照明の影に隠れるように2台のバイクが停まっていた。
バイクのタイヤの前後に、タバコの吸い殻に混じっていくつかの空のアルコール缶が転がっていることに、福住は注目した。
「あんたら未成年でしょ。どっち? この缶チューハイ飲んだの?」
男性警官に捕らえられている少年たちは、福住の問いかけにふたりともそっぽを向いた。
「ったく、もう・・・」
福住が軽く舌打ちした時、福住の胸ポケットのなかで携帯電話が鳴動した。
福住が携帯電話を取りだす。
それは実穂子からの着信であった。
電話に出た福住は二言、三言会話を交わした後、取り込み中なので折り返し電話すると実穂子に告げ、通話を切った。
携帯電話を胸ポケットにしまうと、福住は少年たちに言った。
「アルコール検査は署でするから」
スカジャンの少年がいきり立った。
「おい、俺のバイクどうしてくれんだよ」
福住はスカジャン不良との距離を詰めて言った。
「どうせ今夜はバイクに乗れないでしょ」
ふたりの少年は男性警官によって、パトカーの後部座席に押しこまれた。


白い湯気を伴って熱いお湯が蛇口からバケツに落ちる。
バケツに半分ほど湯が溜まったところで、実穂子は気ぜわしくバケツを持ちあげた。