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さよなら、カノン【小説版】

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でも、今ならわかる。
父は、多くを語らなかったが、あたしを心から愛してくれていたのだ、と。
そんな父親の大切な孫娘であるカノンを、あたしは見失ってしまった。


実穂子が駆るサーブはフォグランプを稼働させて、細い山間部の対面2車線の道路をひた走っていた。
銀鼠色の雲に上弦の月が見え隠れる夜空に下、いくつかのトンネルを通過する。
日付が変わる遅い時刻、対向する車は一台もない。
長めのトンネルを抜けると、眼下に穏やかな湖面が拡がった。
ダムの建設によって形成された人工の湖、通称神楽沢湖である。
人里からできるだけ離れたい。
実穂子の心境が、サーブをこの場所に導いた。
月明りの淡い光が湖面に照りかえると、神秘的な風景が醸し出された。
湖畔に沿って建設された取付道路をサーブは走行した。
取付道路は湖面に近い位置から数十メートルの高さまでアップダウンし、一部トンネルを経由して周回している。
サーブはその道路をさらなる高みに向かって登坂した。
相変わらず、すれ違う車は一台もない。
湖面から最も高いところを走る周回道路脇に、車が数台駐停車できるパーキングエリアがあった。
鉄のチェーン柵が設けられ、湖を眺望できる展望台になっていた。
丑三つ時と例えられる深夜、車も人影もなく、ひっそりとしていた。
展望エリアでひと際目を引くものは、人の背丈の数倍はある古木でできた鳥居である。
鳥居は、湖を見おろすようにしっかりと建っていた。
ただ鳥居が建っているだけで、山上側に参道のようなものはなかった。
実穂子は展望エリアにサーブを停めた。
ダッシュボードからポシェットを探りだして、実穂子は車から降りた。
ポシェットからタバコを取りだしながら、実穂子は鳥居の柱に寄りかかった。
鳥居の柱には、”龍尾稲荷神社”とかろうじて読みとれる文字彫刻が残っていた。
展望エリアの湖側の縁には鉄製の柱が等間隔に立てられていた。
柱と柱とは4本の太い鉄チェーンが架けられており防護柵の役目を果たしている。
その柵に白い板の看板が取り付けてあった。
”いのちの電話ホットライン”
その文字の下に色違いの小さな字で電話番号らしき文字が書かれていたが、ほぼ消えかけていた。
使い捨てのライターで実穂子はタバコに火をつけた。
タバコをひと口吸うと、実穂子はオレンジ色に揺らめくライターの炎をしばし見つめた。
そして深く吸いこんだ息を宙に吐きだした。
ふっと霧散する白い煙と、薄雲をまとった月明りが重なる。
白い靄の向こうに、カノンの笑顔が浮かんだ。
カノンはもう生きていないかもしれない。
そんな悲観的な考えが実穂子の頭を過ぎる。
カノンが成人して素敵な花嫁になるまで、しっかりカノンを育てると、亡父の墓前に誓ったはずなのに。
実穂子は胸が潰れる思いだった。
実穂子はタバコを指に挟んだまま、鉄柵に向かって歩いた。
鉄柱の頭に手をかけ、湖面を見つめる。
燃え尽きる寸前のタバコが、実穂子の指の間から滑り落ちた。
タバコは崖地をつたい、漆黒の闇に落ちていった。