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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Intentionally left blank

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 小百合ちゃんは、ようやく納得したように深くうなずいた。

****

 自分だけが結末を知らない物語。そのフレーズは、退院して仕事に復帰してからもずっと、頭に残っていた。自分のことを百パーセント知っている人がいないように、どんな人にも空白のページがある。それが意図されたものなのか、本当に欠けているのかは分からないけれど。
 章を区切るように蛍光灯で等間隔に照らされた、真っ白な廊下。そんなことを意識する前から、この規則正しさが好きだった。

****

 小百合ちゃんの見舞いに訪れたのは、一週間の内でひとりだけだった。本の話をした次の日のことだ。年配の女性で、きれいな身なりをしていた。わたしは特に尋ねなかったけど、その人が帰った後で小百合ちゃんが『あの人は、親戚のおばさん』とだけ言った。その表情は少し曇っていて、日課になった休憩室でのやり取りの間も、晴れることはなかった。
「私、お母さんの顔を知らないんだ」
 小百合ちゃんは言った。つまり、お父さんが死んでしまったから、育てられる人はいない。退院したら『親戚のおばさん』に引き取られることになる。休憩室の大きなテレビが、コマーシャルからバラエティ番組に戻り、『怖い話特集』とテロップに出た。自然に顔が向き、わたしと小百合ちゃんはしばらく無言で番組を見ていた。
「あんまり怖くないね」
 心底残念そうに、小百合ちゃんが言った。わたしはうなずいた。どこかで聞いたような話ばかりだ。小百合ちゃんはテレビに関心をなくしたようにわたしのほうへ体を向けると、言った。
「ねえ、怖い話しよ」
 わたしは時計をちらりと見た。もうすぐ消灯時間だ。
「寝る前に、大丈夫?」
「うん、絶対大丈夫」
「じゃあひとつ。ちなみに、実話だよ。わたしの故郷の話ね」
 短いやり取りで話が決まり、わたしは話し始めた。
「わたしは田舎の出身なんだけどね。集落って分かるかな? 狭い範囲に家が何軒か建ってて、周りは山だけって感じの」
 小百合ちゃんは何度もうなずくと、もどかしそうに先を促した。わたしはコーヒーをひと口飲んで喉を潤すと、少し声を低くして続けた。
「集落の入口にある家が、ある日の晩火事になったんだ」
 注意を惹かれたように、小百合ちゃんは少しだけ身を乗り出した。
「真っ赤に燃えて、家は全部焼け落ちちゃったの。で、火が消し止められて、警察の人たちも帰ったあとにね、集落の人は、夜に白い服の女の子が歩いているのを見かけるようになった。話しかけても無視されるし、追いかけようとしてもすうっと消える。ちょうど小百合ちゃんくらいの年の子だよ」
 小百合ちゃんは、自分が白い服の少女であるかのように少し表情を険しくした。わたしは続けた。
「集落の人が女の子を見るようになった次の日、畑仕事に出かけたおじさんが仕事仲間に『白い服の女の子』に話しかけられたって、言った。でも、そのおじさんは気を惹きたかっただけで、嘘に決まってるって仲間は思ったらしいんだけど」
 テレビの中で場違いな笑い声が上がった。小百合ちゃんは一瞬そちらに気をとられたが、またわたしの目を見た。
「そのおじさんは、次の日に畑の中で亡くなっていたんだって。冬だったから凍え死んだんだろうって、みんなは噂した。でも、そのおじさんの右手にはね」
 わたしは少し上目遣いになって、言った。
「女の子が着ていた服の切れ端が握られていたんだって。それから、その集落は、『白い服を着た女の子に話しかけられても、絶対に返事しないように』って看板を立てるようになった」
 これで、話は終わり。小百合ちゃんが怖がっているかどうかは、正直分からなかった。
「消灯ですよお」
 看護師さんの声で小百合ちゃんは『わあっ』と悲鳴を上げた。わたしはそれに釣られて首をすくめた。成功だ。表情には出ていなかったけど、怖かったらしい。しばらく沈黙が続いた後、わたしと小百合ちゃんは顔を見合わせて、声を出して笑った。看護師さんは、すこし呆れたようにこちらを見ていた。
 大人しくベッドに戻って午前二時くらいになったとき、カーテンの開く音がして、わたしのベッドを覆うカーテンに薄暗い人影が映った。形で小百合ちゃんだと分かったわたしは、カーテンを開けた。
「私も怖い話をしたい。聞いてくれる?」
 小百合ちゃんはそう言って、ベッド脇の丸椅子に腰掛けた。わたしはベッドサイドの灯りを小さくつけると、眠りに落ちそうになっていた意識をはっきりさせて、少し身を起こしながらうなずいた。
「どんな話?」
「あるところにね、お金持ちの家があったんだけど。そこのひとり娘は誰にも構ってもらえなくて、友達もいなかった。でもある日から、とても明るい普通の子になった。友達は相変わらずいなかったけど、もう寂しくなくなった」
 小百合ちゃんは、さっきのわたしを真似るように少し間を置いた。
「ある日、先生がその子に聞いた。元気になったのは、何かいいことがあったから? って。そうすると女の子は、目があちこちから見てくれているからって答えたの。壁から天井まで、隙間がないくらいに目玉があって、みんなじっと自分のほうを見てるって。何年もかけて、少しずつ増えていったんだって」
 そこで話が終わり、小百合ちゃんはわたしの目をじっと見つめた。わたしは掛け布団の中に隠れた左手を堅く握り締めていた。小百合ちゃんが自分のベッドに戻っていった後に、わたしは考えた。
 その『女の子』って、あなたのことじゃないの?

 次の日、小百合ちゃんは昨晩の怖い話ムードと打って変わって明るく、『親戚のおばさん』について愚痴を並べた。退院するのが嫌なようだった。右手首はもう骨がくっついているし、わたしより一日早く退院できるらしい。小百合ちゃんはひとしきりおばさんの悪口を言った後、わたしにもそういう人がいないか、尋ねた。
「わたしは営業なんだけど、会社の中に嫌な人はいるよ」
 会社から支給されている携帯電話が全く鳴らないのは不思議だった。特にお客さんからの電話がないのは。仕事のことを思い出したわたしの表情が相当険しく見えたのか、小百合ちゃんは心配そうに唇を固く結んだ。わたしは、慌てて作り笑いに切り替えた。
「ごめん、今のは仕事用の顔なの」
「私の学校用の顔」
 小百合ちゃんはそう言って、怒ったようなしかめ面をした。
「すっごい怒ってるじゃない。怖いよ」
 わたしが笑いながら言うと、小百合ちゃんはすぐに元の表情に戻って、少し言い難そうに窓の外へ視線を移したりしながら、呟くように言った。
「ねえ、退院してもさ」
 口に出すのを恥ずかしがっているような感じがしたから、わたしは自分から言った。
「メールしたり、してもいいかな?」
 小百合ちゃんの顔が明るくなり、わたしは同じような笑顔を見せながらうなずいた。
「今すぐ連絡先交換したいんだけど、わたし自分の携帯電話持ってないんだ。退院したら速攻買いに行くから、先にアドレスを教えてもらってもいいかな」

****

 廊下の終点はエレベーター。