小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Intentionally left blank

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 

 呼び出しボタンを押すと、階表示の数字がわたしのいる十三階に近づいてくる。退院した日、その足でスマートフォンを買った。それから一週間近くが経ち、小百合ちゃんと交わしていた休憩室での会話は、メッセージのやり取りに形を変えた。小百合ちゃんのことは最初から、どこか特別だと思っていた。なぜなら、あの本を手渡したとき、小百合ちゃんは空白のページに辿り着いて、その意味を聞いてきたから。正直、驚かされた。あの空白のページこそ、わたしがあの本を持ち歩いている理由だったから。内容なんて知らないし、読んだことすらない。意図的に開けられた空白。結末のない人生。それこそが、あの本にこめられた意味だった。
 その空白には、わたしにだけ見える結末が書かれている。
 エレベータのドアが開き、わたしは中に乗り込んだ。機械特有の人を守るための緩慢な動作が全て、もどかしく感じる。やっとドアが閉まっても、ずっと頭から消えないのは二日前のやりとり。今考えると、小百合ちゃんの人格を壊しかねない言葉だった。でも、訊くしかなかった。
『怖い話をしたときさ、どうして自分のことを話してくれたの?』
 十分ぐらい間を空けてから画面に現れた返信は、わたしの宝物だ。
『お父さんに、目を消してあげるって言われて。怖くなったの』
 正面衝突事故が起きた一本道。その先には精神病院がある。それで確信できた。小百合ちゃんは、お父さんが運転する車のハンドルを触ったのだと。
 エレベーターの階表示が十三から十二へと飛び移り、箱全体が少しだけ加速した。
 退院後の初出社は、明日。だから、今日の定時が過ぎてから事務所に顔を出した。想像していた通り、中原君だけが残業していて、わたしに気づくと気まずそうに挨拶した。三十分ぐらいしか経っていないのに、ずっと前のことに感じる。階表示が十を通り過ぎて、一桁になった。ただの機械なのに、その裏では意思を持った何かが凄まじい勢いで加速しているように感じる。
 かつて、わたしが先生によく言った言葉。
『わたしにはどうして、家族がいないの?』
 先生は最後まで教えてくれなかった。でも、わたしには全部分かっている。小百合ちゃんは早くから気づいていた。小百合ちゃんの告白に返信できないでいると、追加でメッセージが届いた。
『どうして、家に火をつけたの?』
 白い服の少女に話しかけられても、絶対に返事してはいけない。あれが十二年前のわたしだということを、彼女は見抜いていた。わたしを病院に入れようとしていた家族は、みんな焼け死んだ。三日間森の中をさまよって、暖を取るために枯葉を燃やしていたところを、病院に保護された。その間、見つかったのは一回だけ。捕まえようとしてきたおじさんを振り切ったとき、足を滑らせたおじさんは転倒して、そのまま動かなくなった。後になって、服の裾が破れていることに気づいた。
 わたしは、鞄の口を開いて本を取り出し、まっさらなページを開いた。中原君は謝っていたけれど、わたしの客を横取りしたのは許せない。客を取っていいなんて、わたしはひと言も言っていない。
 わたしだけの、空白のページ。眺めていると、懐かしいような鋭い感覚が蘇っていた。その正体が何かも、今ははっきりと理解している。
 わたしの病気は、治っていない。
 めまぐるしく動く階表示は五を通り過ぎて、カウントダウンに切り替わった。
 空いている方の手で髪をかきあげて戻すと、中原君の返り血が髪の隙間からこぼれ落ちて、真っ白のページに点々と散った。結局、付き合っていくしかないのだ。症状が和らぐのを待ったり、ときには原因を取り除いたりしながら。小百合ちゃんの悩みの種も同じ。わたしは、彼女が我慢すべきだとは、全く思わない。原因となっている人間がいるのなら、それはすぐに取り除くべきだ。
 エレベーターが一階で止まり、ドアが開いたその先に、小百合ちゃんが立っていた。
 わたしが血まみれの手を振って微笑むと、小百合ちゃんは顔を輝かせた。
「かっこいい。スーツなんだ」
「おばさんは?」
「家で寝てる」
「じゃあ、今のうちだね」
 短いやり取りが終わり、わたし達は並んで歩き始めた。