抑止力のための循環犯罪
ということが考えられ、そして、そのために、証言に矛盾が生じてくれば、一歩間違うと、
「まったく違う人物が、事件に浮かび上がってくる可能性だってないとも限らない」
ともいえるのだ。
今回の目撃者である、
「渡会」
という男も、何を言っているのか、よくわからない。
ただ、話をしていて、確かに渡会は、ウソを言っているわけではないが、どうも何か、
「いってはならない」
ということがあるようで、それも、
「誰かの指示で、動いているようにも思える」
のだった。
それを感じたのは、たまに、矛盾したことを言っているのを、迫田は感じたからだ。
「他の人では感じないことで、どうしてそれを自分が分かったのか?」
ということであるが、それが、
「誰かに、指示されているのではないか?」
と感じたのだ。
そこで、渡会と話をしてから、帰ってきてから、自分の感じた違和感を、桜井刑事に話すと。
「そうか、じゃあ、その矛盾に対しての捜査を、このまま続けてもらおうか?」
と言われたのだ。
桜井刑事は、迫田刑事をある程度信じている。だから、迫田刑事が、感じた違和感であれば、捜査の過程で支障をきたしてくる前に、矛盾となる違和感を取り除く必要がある、しかも、その違和感を無視して捜査を行うと、間違った方行為進んでしまい、袋小路に迷い込んで、抜けられなくなるだろう、
それだけならまだいいが、間違った捜査を行ったことが、冤罪を生んでしまったりなどすると、取り返しのつかないことになってしまい、
桜井刑事と迫田刑事が、捜査するうえで一番気を付けているのは、
「思い込み」
であった。
「それが、直接冤罪に繋がることになる」
と思っているのだった。
そんなことを考えていると、迫田刑事は、
「目撃者の渡会という人物が、故意に何かを隠そうとしている」
と思えてきた。
しかも、それは自分の意思からというよりも、外部の何者かによる指示ではないかと思えたのだ。
ただ、渡会が犯人、あるいは犯人グループということも考えにくい。
となると、
「犯人は渡会の知っている人物で、渡会を脅迫しているのではないか?」
と思えてきた。
そうなると、渡会という人物が、クローズアップされてきたのだ。
大団円
実際に、渡会の身元を探ってみると、別に怪しいところはなかったのだが、彼が、以前のある事件で、
「目撃者」
となっているのが分かった。
その事件というのは、この場所というわけではなかったが、やはり、どこかからの帰り道において、
「強姦事件」
の目撃者になっていたことだった。
その時のことを調書にて調べてみると。ある男が渡会の証言によって逮捕され、強姦罪として起訴されたが、公判中に被害者と容疑者との間で示談が成立したのだった。
だが、それは起訴後ということであったので、裁判は継続され、示談成立ということや、被疑者が、当時未成年だったこともあって、執行猶予がついたのだった。
この調書からはそこまでしか分からなかったので、この話を、性犯罪関係担当の刑事に訊ねてみると、
「ああ、覚えているよ、確か3年くらい前の事件だったかな。ちょっと私にとっても、いたな思いでしかない事件だったですね」
というではないか。
「それはどういうことですか?」
と聞いてみると、
「いやね。調書には載ってないんだけど、その時に被害者が自殺したんだよ」
といい、もう一度、彼は調書を見直した。
「あれ?」
と彼は言った。
「どうしたんですか?」
と迫田刑事が聴くと、
「ああ、いや、偶然なのかも知れないんだけど、この時の被害者女性の妹が、ちょうどこの間、婦女暴行未遂事件に遭っているんですよ。その時は、襲われかけたけど、近くを通りかかった人がたまたま見つけて、事なきを得たんだけど、つくづく、運が悪い姉妹だということなのだろうか?」
とその話を聴いて迫田刑事は、
「運が悪いなどという言葉で片付けられるものではない」
と感じたが、それ以上はいえなかった。
「痴漢や強姦というのは最近増えているので、我々も気を付けているんですが、限られた人員での防犯にも限りがありますからね」
と言った。
その自殺した人が誰なのか察しがつくと思うが、それが三村凛子の姉である、
「三村香織」
だったのだ。
調書を見ていると、
「バスを降りて、帰宅途中、時間にして、午後10時を回った頃で、バスも終点時間に近かったという。彼女は仕事で遅くなったということだが、最近は会社が忙しいということで、その時間は珍しくもないということであったのを、本人も話していたし、ちょくちょく一緒になる人も、何度も見かけたということだった。そういう意味では狙われやすかったといえる」
犯人は、供述でもそういっていたが、だから、簡単に彼女がターゲットになったという。
それだけに、ターゲットにされてしまったことを、
「妹は、意識しなかったのだろうか?」
というのも、先日の妹の凛子が襲われた時に担当したのが、今回迫田刑事が過去の事件を訪ねにきた、
「田村刑事」
だった。
田村刑事は、強姦罪などの犯罪の専門家といってもよかった。その時、彼女は姉の話を一言もしていなかった。
ただ、怯えているだけで、話を聴いていても要領を得なかった。ただ、田村刑事の刑事として見る目が、
「落ち着いているように見えるんだよな」
という感覚でみると、
「この女性の言っていることを、鵜呑みにしてもいいのだろうか?」
と感じた。
「彼女の証言は、どこか、計算されたところがある」
と考えられたからだった。
だが、強姦されそうになったのも事実だし、震えが止まらずに、恐怖を感じているのも、当たり前のように思えたのだ。
考えてみれば、
「姉も数年前、暴行されることで、自殺を余儀なくされた」
ということを意識していたとして、
「警察に協力し、事件を表に出そうと下ことで、犯人からではない、何か他の相手にウケた無言の圧のようなもので、自殺に追い込まれたのだとすると、凛子さんも、迂闊に警察に協力できない」
と思ったのだろう。
凛子は、自分でも小説やシナリオを書くくらいなので、ミステリーを書こうと思うと、
「警察組織であったり、捜査のことを自分の小説やシナリオの取材資料として集めていた可能性はあるだろう」
ただ、それを調べるわけにはいかない。なぜなら、凛子は、
「加害者ではなく被害者なのだ」
という当たり前のことである。
だから、捜索令状が出るわけもなく、そもそも、姉が自殺を遂行した時に、その原因となったことの真相を調べるということで、遺留品も調べられたことだろう。
ただ、その中に自殺を疑うものは発見されずに、
「自殺をした正当な理由」
というものが、証拠として見つかったのかも知れないが、何しろ調書なので、そこには詳しく書かれてはいなかった。
それが、死んでしまった人間を、悪く書くということもないので、そこから、何かを導き出すのは難しいことだろう。
しかし、その割には、少し厄介な感じだったことは否めないようだ。これも、ミステリーに造詣の深い凛子ならではの、
作品名:抑止力のための循環犯罪 作家名:森本晃次