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田 ゆう(松本久司)
田 ゆう(松本久司)
novelistID. 51015
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蜀への長い道のり

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(2)濃霧に消えたロマンの旅
 今回の旅でどうしても訪ねてみたかったのが蜀漢の都、成都である。三国志演義を読んだものなら蜀漢の王、劉備玄徳や関羽、張飛といった武将、さらには軍師諸葛孔明が活躍したこの地を一度踏んでみたいと思うに違いない。どんな町なのか、その歴史は受け継がれているのか、その感触だけでも味わいたい。

 成都の人は自分たちの町を誇らしげに天府と呼ぶ。天から授けられた豊かな地という意味で、その名の通り冬でも自由市場には青々とした野菜が満ち溢れている。しかし、この地方独特の気候のため、もやのかかったような空がカラリと晴れ渡ることはほとんどない。それがまた黒瓦と木造の家並みに妙にマッチして三国志気分を一層盛り上げてくれるという。さらに唐代の安史の乱で長安の都を逃れ、成都に住み着いた杜甫がいた町でもある。

 19時過ぎに成都空港をでた私はタクシーを拾ってホテルに向かった。霧の立ち込める空港から夕暮れの町中へと、ぼんやり霞む町の灯を通してタクシーの窓から成都の町並みを追いかける。ここが関羽、張飛、趙雲らの将軍が跳梁した町か、運転手はクラクションを休みなく鳴らしながら、人・自転車を追い払い猛スピードで町中を突っ走る。いつしか運転手と荒くれ武将の姿が重なる。町並が蜀の時代の都に見えてくる。

 明日の朝も出発は早い。成都空港から朝一番の飛行機で重慶へ向かうので成都の町を見物することはできない。タクシーの中からみる町並みが唯一の成都見物であり思い出となろう。かくして蜀の都、成都の史跡見物は皆無に終わったのである。上海虹橋空港で7時間も待たされたこと、さらに旅程計画で成都での滞在時間を十分見込まなかったことが悔やまれる。

2 重慶への紆余曲折の旅

(1)中国4番目の直轄都市の誕生と重慶市の課題
 重慶は長江の水運が主役の時代から、雲南・貴州・四川の三省に入るゴールデン水路の出入口であり、西南地方の政治・軍事と貿易の中心地であった。1994年重慶市を訪れた江沢民総書記は、重慶を長江上流地域の経済を中心に発展させようと公言した。翌年、中央政府は中西部開発政策を定めたため、重慶は長江開発と中西部開発が重なる中心地となった。

 四川省のトップリーダー達は正式に四川省を二つに分け、重慶を中央政府の直轄都市にし、三峡地域の倍凌市、万県市と齢江地域を重慶に帰属するという文書を江沢民と李鵬に提出した。その結果1997年3月14日に開かれた第8回全国人民代表大会においてその議案が可決されたのである。

 4つの直轄都市(北京・天津・上海・重慶)の中でも重慶の状況は特別である。8.5万㎢の土地と3002万の人口を有する重慶は、他の直轄都市に比べて規模の上では兄であるが、都市の基盤建設や総合的な経済力においてはいまだ小さな弟にすぎない。また、近代都市と農村が併存する経済構造をもつ重慶は、農民人口が81%を占めその人口密度は北京・天津・上海に比べてはるかに高い。
 
 さらには都市にはない一・二・三問題と言われる難題、百万人の三峡ダムの移住、二百万人とも言われる貧困人口を抱えている。これらは地域を拡大したために生じた問題ではあるが、直轄都市となった重慶の責任は明らかに重みを増している。