三峡ダム下見帳
宜昌市三峡賓館にて雑感
外は晴れている。昨日は小雨の中を宜昌の下町を歩いたので、ズボンの裾も靴もドロドロになっていた。どこかの水たまりではねたらしくズボンの上の方まで泥がついていた。今日が旅行の中日である。
今まであちこち動き回ってきた感じしかもたないが、それでも少しは中国の雰囲気は呑み込めた。これぞ中国(人)という光景はどこにでも見られた。昨日のタクシー運転手(司机)もそうであるし、ホテルのレストランの服務員にもその観がある。同じアジア人であるが、中国人は中国人であり、どこか大陸的である。ただし痰をそこら中にまき散らすのはいただけない。これがひどくなればシンガポールのように罰金となる。そうなれば自由な生き方が去勢されてしまうだろう。
タクシー借り上げの件
ダム視察コースは前日のうちに大体のところ決まった。ダムサイトを経て対岸の茅坪まで行くことにした。安易なルートかもしれないが、一人で視察する場合の安全策を選んだ。
三峡ホテルでタクシーを依頼し早速料金の交渉に入った。明日乗せていてくれる運転手(司机)から千元(16,200円)という高額な料金が告げられた。吹っ掛けられた思い、それは高すぎるもっと安くならないかと切り出したが、司机はさらに説明を続けた。
視察場所が川の両岸にあり往来するのに橋の通行料(実際はフェリー料金)がかかるとか、他にも何か言っていたが安くする気配がない。ここで話をこじらせても得はしないと気持ちを切り替えて千元で応じることにした。一日タクシーを借り上げるには中国の物価水準でもそれぐらい必要なんだとあきらめるより仕方がない。
外貨交換
千元を用意しなければならない。兌換したのはホテルではなかった。宜昌の街中の金融ショップか何か、メモにはここは「ヤミ」と書いてある。概してヤミの方が交換比率が良い。今回の旅ではドルではなく円を持ち歩いていてその都度元に替えている。そのショップでは1万円が634元である。出発点の上海や重慶のホテルでは617元であったから17元多い。レートが良いので5万円兌換する。
ショッピング
司机が三斗坪に向かう途中、水晶製造販売店に立ち寄ってくれた。ダム視察コースの一つになっているらしい。全然その気もなかったが、店に入ると全員応対に押しかけるモノモノしさに圧倒された。義母から餞別を貰っているので何か一つ買っておくのも悪くはないと思いはじめ、690元を550元(8900円)に割引するというのでネックレスを買うことになった。水晶が本物かどうか、550元が適切かどうか、この店を推奨する司机を信用するしかなかった。
牛肉火鍋
中国では定番の料理だそうだが、辛い物が好きな人には向いている。唐辛子や胡椒の実がたっぷり入っていて、舌が痺れ頭に汗をかくほど辛い。一人前50元(810円)は司机のような地元の人にとっては高いらしい。高騰の理由は三峡に人がたくさん来るようになったからだと司机は説明する。日本では同種のものなら2000円は取られるだろう。2人分100元を支払ってお勘定をすます。もちろん費用はこちら持ちである。
中華鱒魚
この料理店で見たのか、別の場所で見たのかはっきりしないが、重さ一条1千斤(500㎏)長さ4m、1億4千万年以上生きているといわれている。長江には想像もできないような生物が潜んでいると言われるが、この鱒はまさに長江の主である。1億年以上も生きているとすればこの鱒魚も生きた化石と呼ぶにふさわしい。
強制移住
三峡ダムの貯水池は全長660㎞にも及ぶため、ダム湖に水没する地域は広大なものであり、多数の村落や都市が水没することとなった。三峡地域は険しい山岳が長江の両岸に迫っている地域であるが、湖北省では宜昌市の秭帰県など、重慶市では巫山県などで中心市街地が水没した。これらの水没した地区のうち、都市区域においては、隣接した斜面や山の上に新市街が建設され多くの住民が移住した。
着工時は、移住対象の住民は84万人であったが、2010年9月の時点で127万人が強制移住を余儀なくされ、さらに30万人ほどが退去予定となっていた。
こうした移住は、基本的には同一地域内での移住が原則であるが、三峡地域はもともと地形の険しい地域であるため農業適地は開墾しつくされており、農民は急斜面の農業開発を余儀なくされた。また、このために土砂流出が激増し、がけ崩れなども多発するようになった。このため、同一地域内ではなく遠く離れた地域への移住が推進されるようになった。
これら「三峡移民」の多くは充分な補償も受けられないまま貧困層へと転落しており社会問題となっている。 2002年には移住先からの帰郷を求めた元住民が逮捕される事件も発生している。
注)日本における最大の多目的ダムである岐阜県の徳山ダムは徳山村一村をまるまる水没させた。この時の移民人口は1500人であり、三峡移民はその800倍以上の数に上る
作品名:三峡ダム下見帳 作家名:田 ゆう(松本久司)