小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

損得の犯罪

INDEX|1ページ/21ページ|

次のページ
 
 この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場面、設定等はすべて作者の創作であります。似たような事件や事例もあるかも知れませんが、あくまでフィクションであります。それに対して書かれた意見は作者の個人的な意見であり、一般的な意見と一致しないかも知れないことを記します。今回もかなり湾曲した発想があるかも知れませんので、よろしくです。また専門知識等はネットにて情報を検索いたしております。呼称等は、敢えて昔の呼び方にしているので、それもご了承ください。(看護婦、婦警等)当時の世相や作者の憤りをあからさまに書いていますが、共感してもらえることだと思い、敢えて書きました。ちなみに世界情勢は、令和5年1月時点のものです。いつものことですが、似たような事件があっても、それはあくまでも、フィクションでしかありません、ただ、フィクションに対しての意見は、国民の総意に近いと思っています。

                 歪なマンション

 ここ最近ではあまり見なくなったが、昔によくあった建物として、
「土手に建っているマンション」
 というのがあったような記憶があった。
 このマンションを昔であれば、それほど怖いという感覚はなかったが、時代がすぎて、今の時代では、まず最初に考えることとして、
「耐震構造は大乗のなのだろうか?」
 という発想であった。
 特に、今のような時代になれば、地震だけではなく、大雨などの水害であったり、台風などというものも、異常気象が増えてきている今の時代にあっては、
「土木建設業界で、どこまで補償されているのだろうか?」
 ということが気にならないということはないだろう。
 何と言っても、20世紀末に近かった頃にあった。
「こんな大地震は想定もしていなかった」
 ということで、耐震構造が見直された時期があったではないか。
 それなのに、実際に建設されてしまい、何かの事故で、
「崩落してしまった」
 などということがあり、耐震構造を調べてみると、
「案の定、手抜き工事だった」
 などというのは、別に珍しいことではなかった。
 当然、
「想定外の災害が起こったのだから、今度は、それ以上の災害があってもいいように、建築基準がさらに厳しくなっていくのは当然のことなのに、
「何と、前の基準にさえも達していない」
 という、まるで、
「すべての国民を敵に回す」
 かのような、恐ろしい建築会社も存在したりする。
 むしろ、建築業界に限ったわけではないが、
「下請けから孫請け」
 などと言って、請け負った会社から、実際の末端までに、いくつもの業者が存在していて、その状態が成り立っているかということである。
 一番の問題は、
「中抜き」
 の存在があるからだろう。
 どんどん、下に卸していっているうちに、卸したことで、その手数料を
「儲け」
 ということにして商売をしている。
 以前の、K内閣の某元大臣のような人もいるのだから、この風潮がなくなることはないだろう。
だが、全部が全部、
「手抜き工事」
 をしているわけではないだろうから、そのあたりの誤解のないようにしないといけないだろうが、一部であっても、
「悪徳企業」
 が存在することで、
「あんな連中のために、真面目にやっている俺たちが、悪く言われるのは、溜まったものではない」
 ということになるのであろう。
 だが、今の時代の建築がどこまで信用してもいいものなのか、実際のところは分からない。
 だが、実際に、
「土手に建っているマンション」
 というものが、いかに怪しい建造物なのかということも言えるのだった。
 K市にあるこのマンションは、そういう意味で、興味深いところであり、ある意味、
「今の時代に、そんなマンション、ありえるのか?」
 という人も多かった。
 なぜなら、昔と違って、マンションは、警備という面では、簡単なものではない。
 特に、
「オートロック」
 などと言われるものが増えてきて、
「今ではオートロックが当たり前」
 と言われるような時代には、少々でも、危険を感じさせるようなマンションを建てたとしても、入居者はほどんどいないだろう。
 少なくとも、
「危険性を排除できる安心感があることで、お金を出して、安心が買えるんだ」
 と思っている。
 そういう意味では、
「少々安かったとしても、安心感が手に入らないのであれば、完全に、安物買いの銭失いという言葉みたいになっちゃうよな」
 と感じることであろう。
 オートロックというものは、実際には、昔からあったのだろうが、実際に、
「これが当たり前」
 と言われるような時代になったのは、いつからであろうか?
 そして、そういわれるようになるには、それなりの事件であったりきっかけがないとあり得ないことであろうから、それが何だったのか、誰か知っている人がいるのだろうか?
 そんなことを考えると、
「もっと、広い意味でのその時代時代の事情を知っておく必要があるのだろう」
 と思うのだった。
 マンションのロビーが、エントランスのようになっていて、入り口には、集合ポストがあったりする。
 ここまでは、ロック関係なく、入れるのだが、ポスト自体もカギになっているので、
「取られることはないだろう」
 というのが、当然の発想だったりする。
 確かに郵便が盗まれるということはないが、変なダイレクトメールのようなもので、溢れてしまうという時期はあっただろう。今のように、パソコンやケイタイ、スマホなどが普及していない時代であれば、それこそ、ポストに、お店の宣伝や、チラシが山のように入っていたものだ。
 とにかく昔は、宣伝費というものが、
「儲け」
 というものに直接つながるという考えだったような気がする。
 というのも、昔でいうところの、
「自転車操業」
 というものは、どういうことだったのかということを考えてみれば、何となく分かるというものである。
 特に、
「会員制」
 と呼ばれるものであれば、まずは、
「会員になってもらわなければいけない」
 というわけである。
 売上の底上げをしないことには、上に現れる利益という部分は見えてこない。
「収支のバランスが、ゼロの時点から上しか利益として見れないのであれば、分子を増やすしかない」
 ということになるのだ。
 つまりは、利益という表に出るものを増やすには、
「元になる売上を増やすしかない」
 ということになる。
 そういえば、中学時代の理科で習った。
「見かけの光合成」
 という言葉を思い出した。
 つまりは、収支がトントンのところから上しか見ないとすれば、率が同じだということを前提に考えると、やはり、
「分母の増加しか手はない」
 と言えるのだ。
 つまり、
「単価の高いレストランでは、ゆっくりちくつろぐ時間を与えられるが、ラーメン屋であったり、立ち食いうどん屋さんのように、単価が安いところでは、
「いかに客を回転させるか?
 ということが命になる。
「食べ終わったら、さっさと料金を払って出る」
 ということを徹底させられる店でなければ、客同士でトラブルにもなりかねないだろう。
 それを思うと、
作品名:損得の犯罪 作家名:森本晃次