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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Snag

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 恵子が呆れたように笑いながら言うと、行広は太田の頭を力任せに蹴った。
「こいつも大概、口悪いやろ。聞いとったら、好き勝手言いよって。仲間も平気で切るんやな」
 頭に蹴りを受けて意識を失った太田は、その場にぐったりと横たわった。行広は車庫の隅からゴミ袋を一枚取って恵子に手渡すと、太田の体を引き起こした。恵子がゴミ袋を頭からすっぽりと被せて、行広は両足を持ってひっくり返し、その体をゴミ袋の中へ押し込んだ。体がくの字に折れた太田の喉に刺さったナイフを掴むと、口角を上げて笑った。
「ほな」
 喉からナイフを引き抜くとゴミ袋の中に血が勢いよく流れ出し、太田はそのまま失血死した。

 渡利はスマートフォンでネットニュースを漁っていたが、太田が電話から一向に上がってこないことに気づいて、画面の右端に表示されている時計を見た。十五分ぐらいは経っている。続報がないか調べる作業に戻ったとき、聞き慣れたエンジン音が響いた。渡利は跳ねるように立ち上がると、一階に続く階段をできるだけ早く下りて、上着のポケットに触れた。鍵がなくなっている。靴を履くのも忘れて外に飛び出したとき、砂利にタイヤの痕が残っていることに気づいた。来た方向へ戻っている。
「くそっ」
 渡利は今までの習慣で反射的に毒づいたが、最悪の想像を免れたという安心感が押し返してくるのを感じた。太田が逃げた。しかし、どうしてこのタイミングで? 頭の中が疑問だらけになったまま体を引いたとき、背後で行広が言った。
「電話しとったけど、いきなり出ていってしまいましたわ」
 渡利は肩をすくめながら振り返った。行広は軍手をはめていて、掃除道具を手に持っていた。
「あの、どっちに行ったか分かりますか?」
「戻る方向でしたね」
 行広は呟くように言うと、尾根に目を凝らせる渡利の肩をぽんと叩いた。
「何本も脇道があるんで、同じ道を通っては降りんでしょう」
 渡利はうなずいて戻ると、食卓の椅子に腰掛けた。
「そうですね……」
 仕事道具の入ったリュックサックすら置いて、ただ逃げた。太田がそんなことをしない人間かというと、ないとも言い切れない。渡利が考え込んでいると、行広はポットからコーヒーを注ぎ、渡利の前に置いて向かい合わせに腰かけた。
「今までに、色んな人間を見ました」
 渡利は小さく頭を下げてからコーヒーをひと口飲むと、耳を傾けた。行広はそれで話す権利を得たように、渡利の目を見つめた。ポケットには、さっき太田の首に突き刺したばかりのナイフが、まだ血を薄く纏って収まっている。
「付き合いは長かったんですか?」
 渡利は首を横に振った。
「五年ぐらいです。逃げられて、ちょっと安心してるとこもあるんです」
「大変なことの方が、多かった?」
 行広が言うと、渡利は浅くうなずいた。昨晩タイヤを交換していたときから、同じ話が続いているような気がした。行広は咳ばらいをすると、宙に話すように言った。
「あのニュースの被害者ですが。警察に金の話をせんってことは、追う気なんかもしれませんね」
 全てお見通しだ。渡利は胃が落ち込むのを感じたが、行広は構わず続けた。
「お二人は、あのスープラで逃げてきたんでしょう? やとしたら追手が探すのは、まず車です」
 すらすらと話す行広に、渡利は思わず苦笑いを浮かべた。ほとんど、犯罪者仲間のような話し方だ。少し体を起こすと、渡利は訂正するように小さく首を横に振った。
「でもね、自分のリュックすら置いていったんです。触ったらシバかれるんで、仕事道具以外に何が入ってるかは知らないんですが」
 その話し方からは、相手の姿がなくなってもまだ支配関係が続いているのが窺える。行広は小さくため息をつくと、言った。
「もう本人はおらんのやから、そのリュックサックもあなたの物です。好きにしたらいいでしょう」
 渡利は、自分を納得させるように何度もうなずいた。行広は何もない空間と相談を終えたように小さく息をつくと、渡利の目を見て言った。
「私には若いころ、師匠みたいな人間がいました。民宿に落ち着く前の話です。色々と想像はついてるでしょうが、私も妻も、褒められた人間じゃなかった。こっちがどれだけ尊敬してても、最後は裏切られましたね。あっさりしたもんです」
 この峠に辿り着いたのは、三十年近く前。強盗グループのリーダーだった男は、取り分で揉めたその日に、自分と恵子を切り捨てた。復讐もしていなければ、追い立てもされていない。ただ、永遠に続くと確信していた関係が突然終わった。それだけのことだ。行広が自分たちが辿ってきた道を思い出しながら、渡利の目を見て言った。
「深い事情は聞きませんから、安心してください」
 渡利は目に薄く涙を浮かべたまま、うなずいた。玄関の扉ががらりと開き、入ってきた恵子が笑顔で言った。
「お風呂、沸かしましょうか? 昨日入ってないでしょ」
「あ、ありがとうございます」
 渡利はそう言うと、少し息が上がっている恵子に頭を下げた。許されるならいつまでもここにいたいが、すでに時間切れを通り越して、火のついた導火線は目の前まで来ている。
しかしスープラがない状態で、一体どうやって逃げればいいだろう。脱出手段のことを考えている内に風呂が沸き、渡利は慌てて脱衣所に入った。厨房で隣に立った恵子と顔を見合わせて、行広は笑った。
「まだまだ、甘ちゃんやのお」
 恵子は昼食の準備を始めながら、言った。
「お金持って逃げとるんやろ。どこにあるんやろねえ」
「部屋の、リュックサックの中やろな」
 行広は呟くと、ポケットから取り出したナイフの刃から、血を拭い落した。少しでも気に入らないことがあれば、すぐに人を殺してきた。その原動力を失ったのは、民宿の経営者になって一年が経ったときだった。それからは、ひとりも殺していない。それがこんな簡単に、あっさり封を切ったように人を殺せるとは思わなかったが、腕は鈍っていなかった。
「恵子、ナイフの腕は鈍ってなかったな」
 行広が言うと、恵子はくすくすと笑った。
「すぐに頭を蹴る癖、変わらんねえ」
「まあ、これで終わりやな」
 その言葉に、恵子は小さくうなずいた。
 風呂から上がった渡利は、服を全て着終えて初めて、一緒に置いたはずの首飾りがないことに気づいた。廊下を見回したが見当たらず、味噌汁の香りにつられて無意識に厨房へ顔を出した。二人が並んで、昼食の準備をしてくれている。
「そろそろできますよー、申し訳ないんですけど、私らも同席して構いませんか?」
「もちろん、是非お願いします」
 渡利がそう言うと、恵子が振り返って笑った。渡利が食卓に腰を下ろしたとき、恵子が鍵のついた首飾りを差し出した。
「これ、廊下に落ちてましたよ」
「あー、よかった。あった。ありがとうございます」
 渡利はそれを宝物のように受け取ると、慌てて首に巻いた。
「これ、ロックのとこが弱ってて。鎖をそろそろ換えなダメかもです」
作品名:Snag 作家名:オオサカタロウ