Snag
行広は、恵子と静かに顔を見合わせた。民宿を経営し始めたときには、これから入れ食いのように入ってくるカモをどうやって殺すか、そのことだけを考えていた。しばらくは大人しく経営者に徹していたが、恵子が体調不良を訴え始めたときに、全てが変わった。同時に、結論は出ていた。破滅すること自体が目的のような馬鹿騒ぎを続けてきて、長生きをする気もなければ、まっとうな人生を歩む気もなかった。
そんな自分たちに、子供を育てることはできない。
行広は、全ての接点を断つべきだと言い、実際にそのようにした。恵子も同じようにしたと言っていたが、その日の夜に訂正した。理由は自分でも分からないと言っていたが、今ははっきりとわかる。わざわざ確かめなくてもよかった気がするが、渡利が首飾りにしていた鍵は、やはりあのとき恵子がポーチに入れた金庫の合鍵だった。
「いただきます」
渡利が言い、味噌汁の蓋を開けて湯気に目を細めた。その目が料理に逸れたとき、恵子が小声で言った。
「全部、この日のためにあったんかもしれんなあ」
行広はうなずいた。どこかで都合よく想像していた未来が、霧が一瞬だけ晴れたように、手の中に落ちてきたのだ。そして、これが最初で最後だ。だから、金庫の中に入っていた売上金は全て、リュックサックの中に移した。
「食べたら、町まで送りますわ」
すでに決めたことだ。脇道に頭から突っ込んだスープラの傍に倒された太田の死体。それが発見されたら、いよいよ警察が動くだろう。だから、最後の仕事が残っている。先に出頭して、全てを警察に話さなければならない。自分たちが殺人犯で、おおよそ三十年振りに人を殺したと。
ただ、それは今まで手にかけた中で唯一、誇れる殺しだ。
そして、例え何の償いにならないとしても。今まで無事を祈ることしかできなかった息子の手に、ずっと渡したかった全てを持たせることができる。
少なくとも、今度こそは。