いちじく賛歌
11) 今年植えた苗がほぼ順調に育っているように思える。「ほぼ順調」と言うのは総数30本のいちじくの木には明らかに生育進度の差が現れており、いわゆる年長組と年少組では背丈が2mほども違っている。背丈とは横に伸ばした二本の主枝の両端の長さのことで別名ツインテールと呼んでいる樹木の仕立型による両翼の幅を指している。なぜこれほどまでに生育差が生じたのかは私の知り得るところではないが、それよりも最後まで枯死せずに芽を出してくれたことが嬉しい。
また、「育っているように思う」と言ったのは現在の生育状態が果たして適正なのかどうか確かめるすべも無く、今の状況に確信が持てないからであり、特に葉のさび病の伝染や結実の不良など各所に現れている病状に適正な対応が出来ていないように思われるからである。
結実については1年目の今年は実が熟さず収穫できないことは説明書通りで、今年も実がたくさんついたがすべて堅果で食用には適さないものの、何とか加工できないかと考えていたがそれも無理なことが分かってきた。砂糖漬け等の加工品は通常は熟した実か半熟の実が使われるので堅果は不敵である。また、実については形や変色の不良がかなりあり来年は結果に対する防除等にも気を配ることが必要であろう。
さて、今年の紅葉はどうだろうか、まだこの辺の山里は紅葉には少し早いが柿の木の葉はすでに紅葉し落葉が始まっている。いちじくの葉はまだ緑一色であるが一部さび病のため早期落葉を心配していたがこの分だと自然落葉の頃までもちそうである。今年の目標は二本の主枝づくりであることは承知している。枝は現在も伸長を続けておりその都度長くなった枝の整枝誘引に心がけているがその成長の速さに驚かれる人も多いようだ。
丸1年の歳月を経て2年目の夏から収穫が始まるのでそれに合わせて生育もどんどん進むが、木の植栽間隔である6mがすっかり枝で覆われ収穫の最盛期を迎えるのは5年目辺りである。しばらくの間はそのあいた空間に野菜などを植付けることができる。そこでもう一度露地マスクメロンに挑戦し今度こそは数を欲張らずに思い切って摘果しメロン農家に負けないよう大きな実をならせようと今から夢見ているがそれでも百姓見習いであることにはなんら変わらないのは性格所以である。
12) 11月に入ってかなり冷え込んできた。この辺は周りが山に囲まれているため、太陽の高度が低くなるこの時期はとくに陽の当たる時間が短くなる。周囲の山が紅葉するにはまだ少し早いようで、いちじくの葉もまだ落下していない。また、この夏に葉に発生したさび病によって早期に落葉するまでには至っていない。ただ、さび病の拡散は来年の新しい葉や枝の生育にどのような影響をあたえるのか心配の種である。さび病のカビは冬を越して再び発生することが分かっているからである。
植栽1年目の今年は、実が十分に成熟せず収穫できないとどの説明書にも書かれていた通り、たくさんの実こそ付けたが堅果のままで熟すことがなかった。けれども、中には気の早い実もあっていくつかは熟したので食べることができた。そんなことがあるなら、エスレル処理を施して果実の成長を促進させていたならば、もっと多くの実を熟すことができたのではないかと悔やまれる。しかし、エスレル処理を堅果に施しても、思い通りに実が熟すかどうかはわからない。ここは、来年の収穫を期してじっくり構えることが必要で、早とちりの私にとっていちじく栽培は精神安定のいい薬かもしれない。
主枝の生育に主眼を置いた1年目の栽培はすぐこのあと、重要な課題に臨まなければならない。年中温暖な地域では必要ないが、この地方では冬の寒さ対策が必須であり、霜や雪害から主枝を保護しなければ枯死させてしまうことになる。枝に藁を巻いたり、新聞紙を何枚も重ねて巻きつけたりする方法があるが、タイベックの巻付けが有効なので現在、タイベックのシルバーテープを使うことを考えている。いちじくの木を成木に育て上げ、確実に実を収穫するには相応の対策と投資が必要だということを知らされた。
以前、いちじくの木を園児に見立て、園長の気分でかれらを無事に卒園させることを想像したことがあった。その園児たちは数箇月の間にずいぶん成長した。しかし、大きくなっても依然として年長組、年中組、年少組という成長差によるクラス分けが出来ている。だから、卒園の時期もそれ相応にずれてくることが予想されるが、これらすべての前提がこの冬の寒気を無事に乗り越えることにかかっていると言える。そのための準備がこれからの主たる作業となり、来年の春まで待つことになる。
作品名:いちじく賛歌 作家名:田 ゆう(松本久司)