いちじく賛歌
13) 植栽1年目のいちじくは収穫できず、2年目の収穫に向けて主枝をツインテール状に伸長させる作業が中心となる。そのことはよく分かっていたつもりだが、早い時期から実を付け始めたので完全に熟さないまでも一歩手前までくれば加工品にして食べることができるのではないかという期待があった。実際に、いちじくの甘露煮などを産地から取り寄せて味見をしたことがあるが、商品価値という面ではまだまだ工夫が必要かもしれないと思ったほどである。
しかし、今年の状態では一歩手前まで熟すには程遠く、堅果のままでは加工のしようがない。従って、加工品の製造についても2年目から始めなければならないが、その場合には保健所の認可が必要になってくる。食品製造に当たっては作業場である工房の設置と、そこにおける衛生管理等が許可の条件となっている。初めから、何もかもやるのは大変なことが分かっているのでいちじくの加工は近隣の食品工房に依頼し、材料の供給のみに徹することにすれば生食のみならず加工品の販売も可能になるだろう。
「取らぬ狸の皮算用」とお袋がよく口にしていた言葉を思い出す。いちじくの木は狸とは違い逃げも隠れもしないが、確実に収穫できることが保証されているわけではない。中濃管内のJAはいちじくの集荷を取り扱っていないので情報収集はできない。岐阜県中濃農林事務所の普及指導係にしても、いちじく栽培の実例がほとんどないので適切な指導をうけるには心許ない。どのようにして情報交換をすればいいのか、ネット頼りのやり方では限界をきたす懸念がある。
県内では岐阜・西濃地方に事例があり、さらに愛知県内には多くの事例があるが、風土や気候が異なれば育て方も違ってくるだろう。栽培マニュアルは必要かもしれないが最終的には試行錯誤の上で栽培管理技術を確立させることが求められる。その試行錯誤の過程が面白いのであって、先人たちがそのような経験を通してモノづくりの楽しみや喜びを獲得して来たはずである。
しかしである、私には先人のような研究熱心さや根気もない。できれば、教えてもらってやるほうが性に合っているし楽である。試行錯誤など極力避けて手間を省きたいという気分が強いくせに、なぜいちじく栽培を始めたのか、また原点に戻ってしまう。その原点は明らかであって、水田転作として何かを始めたいという気持ちがいちじくを選択させたのであり、その選択にあたってはあとのことをよく考えもしなかったといういつもの結果である。
転職を重ね、その都度転居を重ねてここまでやってきたのは自分の生まれ持った性格であり、行動である限り墓場まで持ち込まなければ直すことができない。けれども、成功か失敗かは別にして、人生の転換期においては振り返ることなく、つねに前を見てやってきたように今度もトコトンやるしかない、と開き直っている今日この頃である。
14) 11月の中旬に連続して霜の降りる日が続いた、そのためいちじくの葉は一気に萎れて黒ずんだ。いよいよ冬支度をしなければならない。この辺で、いちじく栽培がほとんど見かけないのはこの寒害に対する備えが十分に行われないと枯死する危険があるため敬遠されているものと思われる。つまり、作物は気象条件に左右されるのでこの辺でのいちじく栽培は適地栽培とは言えないのかもしれない。しかし、亜熱帯性のパッションフルーツが関市の奨励対象作物になっている以上、管理次第では栽培可能であることは間違いない。
さて、その冬支度であるが二本の主枝だけを残して、あとは身ぐるみを剥ぐようにすべて切り落とした。たくさん付けたいちじくの実は堅果のため廃棄処分とし、来年の結果に期待をかけることにしてすべて園外に運び出した。この作業を見ていた近所の物知りが、「実をすべて捨てるのは枝に実を付けさせる癖を付けるためですね」と、話しかけてきた。おもしろいことを言う御仁だと思ったが、なるほどそうかもしれない。
これらの葉や枝は堆肥にはできない、病気を持っている可能性があるからだ。葉は概ねさび病に冒され農薬処理をしたが十分な効果は出なかった。また、実の方にも病名は分からないが、表面に異常が出たものがあった。
さび病のカビウイルスは土中で冬を過ごし春になれば葉に出てくるものと思われる。この病気は梅雨が開ける頃に発生するが、今年経験したので来年は対策に万全を期したい。いちじくの、身ぐるみを剥いだその姿は成長したとは言えまだまだ、か細い。この枝を寒害から守るために衣を着せてやらねばならないが、稲藁を巻くなど方法はいろいろあるようだ。愛知県JAの栽培ごよみによるとタイベックの使用が推奨されていたのでネットでこれを購入することにした。
タイベックはもともと建築用資材であるが、透湿性で防水効果があり、その効果から作物の枝の寒害対策としても使えることは理解できる。しかも防虫性の面からシルバーがいいということで、よく考えもせずタイベックの製造元デュポン社製のシルバーテープを10巻購入した。手元に届いてからそれが粘着性のテープであったことに困惑した。強度のあるこのテープを1年目の若い枝に巻くことはできないし、1回使用すれば再利用ができない。安いものなら1回きりの使用でもいいのだがこのテープはかなりの高額である。返品も考えたが、いちじくとはこれからも長い間の付き合いになるのでいつか必要になる時がくるかもしれない。それまで取っておけばいい、そう考えて別の防寒方法を模索したのである。
そこで、新聞紙をぐるぐる巻にして寒害を防止する方法をとった。どこかに書かれてあったが、一目見てこんなやり方ではひと冬もたないのでダメだと思った方法であったが、とにかくやってみることにした。新聞紙で巻いたあとPPテープで枝に固定する、さらに継ぎ目や破れ目が出そうなところにはシルバーテープで補強する。枝木は凹凸があったり局面部があり新聞紙で巻き取れない箇所がある。その箇所は園芸店で購入した篭巻を使うことにした。
いちじく栽培は、試行錯誤でやることは初めから分かっていたことである。しかし、寒害で枯死させるようなことになっては意味がない。マニュアルがあり、指導者がついていれば比較的楽に栽培できるのかもしれない。今は試行錯誤の日が続く、このような時いつも次のことを思い出す。百姓は常に1年生である、百姓見習いから一歩も前進しないのかもしれない。
(最近になって分かったことであるが、いちじくドーフィン種は亜熱帯性植物であると、某番組で解説されていた。だとすれば寒害に弱いはずである。新潟県の佐渡でも栽培されているが、露地なのかハウスなのか、露地ならばどのような寒害対策が取られているのか、ますます自己流のやり方に不安を感ずるようになってきた)
作品名:いちじく賛歌 作家名:田 ゆう(松本久司)