パンデミックの正体
つまり、自殺菌という名前の菌があったとすれば、それは、
「二段階構成になっている」
ということではないかと思うのだった。
つまり、
「彼女の場合もこの自殺菌に犯され、その菌の影響が、イシダ老医師に出たのだとすれば」
ということを考えるようになった。
そもそも、この自殺菌という発想は、学生時代に、若先生が提唱したものだった。それを聴いて、
「そんなバカな」
と口では言っていたが、その時の梶原先生の目が真剣であったことを、若先生は憶えていたことで、この間、話にいった時、敢えて、
「親父が毒薬を渡したんじゃないかと思うんだ。だけど、その時の状況であれば、もし相手が親父じゃなく、俺だったとしても、いや、お前だったとしても、抗えなかったのではないかと思うんだ」
と言っていたのだろう。
息子としては、相当言葉を選んだつもりだったのだろう。
「それ以上でも、それ以下でもない」
という回答を、若先生はしたのだった。
「そっか、あの時にいっていたのは、こういうことだったのか」
とばかりに、梶原先生は、思い返したのだった。
「なるほど、そういうことか」
といろいろ納得をしながら、刑事を彼女のところに連れていく。
美亜は、刑事に対して何を答えるのかということが、梶原先生には、手に取るように分かっていた気がする。
もちろん、刑事としては、
「聞きたいことが利けたような気がしないな」
とばかりに、話のほとんどが、
「分かり切ったこと」
としか聞こえないのだ。
それに、少し梶原先生の中で意外だったのは、彼女の口から、今回流行っている、
「世界的なパンデミック」
の話が聞かれたことだった。
彼女であれば、
「必要以上のことを話すはずがない」
ということは分かっていたはずだ。
それなのに、何を言いだすのかと考えたが、よく聞いてみると、その意見には一理あるものだった。
というよりも、
「前から俺が言ってきたことではないか」
ということだったのだ。
その内容というのは、
「今回のパンデミックでは、その副作用として、二重人格になってしまうんですよ」
と言いだしたのだ。
刑事も、そこまでくると、話が飛躍しすぎたと思ったのか、
「ああ、いや。もういいです。ありがとうございました」
と相手から話を打ち切るほどだったのは、梶原には意外だったのだ。
刑事が帰っていくと、梶原先生は、若先生に連絡を取った。
「君のいう通りだったよ」
というと、
「いや、君が俺の気持ちを分かってくれたからさ。たぶん、俺の話を聴いた時よりも、実際に彼女が刑事と話をする時には、どんどん見えてきただろう? 俺たち医療従事者はこれでいいのさ。下手に政府が推奨するようなワクチンよりも、ちゃんとした薬を作ることができると思うのさ」
と、若先生はいう。
「そうだな」
と話しながら、梶原刑事も分かってきたが、それがどういうことなのかというと、
「今回のパンデミックの特効薬というのは、身体の中にあってしかるべきものなのさ。それをいかに、うまく利用するかということさ」
と若先生がいうと、
「かあ、お前の親父さんは、そのことも分かっていて、敢えて毒薬を仕込んだということなのか?」
と梶原先生がいうと、
「少なくとも、俺はずっとそう思っていくだろうな」
というではないか。
「ところで今、お前の親父さんはどうしている?
と聞かれた若先生は、
「ああ、親父だったら相変わらずさ。治療に忙しい毎日だな」
というので、
「そうかそうか、きっとお前の親父さんのことだから、毒の出どころは絶対にいわないだろうな。それは、もちろん、保身のためなんかじゃなくね」
と梶原先生がいうと。
「それはそうだろうな、だから、俺もこれは墓場まで持っていくつもりだ」
と若先生はいう。
「俺もだよ、後知っているのは、美亜ちゃんだけということになるが、美亜ちゃんが話すということはありえないからね」
と、梶原先生は言った。
「ん? それはどういうことだい?」
というので、
「あの薬には、さらに副作用があるのさ。自分が誰を一番頼りにするのか、あるいは、誰が好きなのかということが、ハッキリと分かるというような副作用がね。彼女はそのことを分かっていて、敢えて飲んだと思うんだ。心の中で、これによって、自分が救われるという気持ちの上でね」
と梶原先生は言った。
この二人、話せば話すほど、この事件の。いや、しいていえば、今回のパンデミックの、いや、さらには、その上の大きな問題を解決できる人間だったということなのであろう。
パンデミックが収まって、他のウイルスがまた流行りだしたが、それまでの類似のウイルスが二度と出てくることはなかったのは、この二人、さらには、老先生や美亜という女の子の力があったということを、知る人は少なかったであろう……。
( 完 )
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