糖質カットダイエット(続・おしゃべりさんのひとり言128)
当然太らず、健康も維持できるっていうダイエット方法だと思ったんで、6か月間、妻の専属管理の元、ほぼ完璧に糖質を摂取しない生活を送ったんです。
僕一人じゃ飽きるのは目に見えていたけど、ボスをはじめ、何人ものビジネス仲間たちも、本気の度合いは様々ながら、同時に挑戦し始めました。
ラーメンやご飯粒に似せたコンニャクが、僕の主食になり、肉や魚はタンパク質として食べられるんだけど脂肪を避けたいので、より健康的にやたらと豆腐やオカラを食べたし、野菜には油分を避けてドレッシングもかけずにそのままの味で食べる癖まで付きました。飲み物は水かお茶くらい。その頃はニンジンやネギ、ピーマンが甘いとさえ感じられたんです。
そして半年間、途中で止める人や、きッとズルしてる人もいたと思うけど、僕はほぼ完全に糖質を抜いていたら、突然ある変化が表れたんです。
人間の体って、約半年の新陳代謝で細胞のほとんどが生まれ変わって、新しい細胞に入れ代わるんですって。半年前の自分とは全く違う細胞で、別人になったようなもの。
仮に半年間、アンパンしか食べないとすると、アンパンマンになるってことです。(ちょっと違うけど、体はアンパンだけで作られるはず)
という事は、こんなダイエットをした僕の体には、糖質はほぼ含まれていない状態だったってことでしょ。
本の著者の先生も、ここまできっちり糖質カットする人がいるってことは、想定できてたのかな?
僕ら夫婦はその先生の書いた内容を信じてた訳だけど、結果として僕は異変に気付いたんだ。
(やる気が出ない)ってことに。
多分、倦怠感なんですけど、たまたま体調がすぐれないとか、疲れがたまってるとか、そんな感じじゃないんです。
カロリーは別で摂れているはずだけど、糖質もエネルギー源なんで、パワーが出ないのならまだ解る。でも出ないんじゃなく、出すのが嫌になるんです。
この感覚は不思議と言うしかない。動けるんだけど(やろう)という気に全くならないんです。
ちょっと立ち上がるのが面倒くさい。
車の運転で、赤信号や一時停止が面倒くさい。と言うより、運転そのものが億劫になる。
ニ階への階段でさえ嫌で、エレベーターを使う。
歯を磨くのが面倒くさい。お風呂に入るのも面倒くさい。って感じ。
実際この頃、シャワーを浴びても、ボディシャンで体を洗わずに出るってことが増えたと認識しています。
何かに付けて、やる気が起こらない自分に気付いたんです。
しゃべるのも面倒で、人に何か説明するのを避けてしまうほどです。いや、はっきり声を出すのも嫌なくらいです。
ビジネスもいい加減にサボりがちになって、遊びに出るのも億劫で家に籠りがちになってしまいました。
(きっと脳に糖分が足りてないんだ)と、僕はそう感じました。
一応、糖質をカットしても、人間の脳に必要なくらいの糖分は、その体で作れるって話でしたが、僕の場合それだけじゃ足りなかったのでしょう。
まだそう考え付いただけ、僕は良かったです。極端な偏食生活をしてる人や拒食症になってしまった人は、こんなふうに思考が変化しても、自分では異常だと気付けなくなって、終には手に負えなくなるのかもしれません。
妻に相談して食事を元に戻すことにしました。
ご飯(お米)を食べると、すぐに倦怠感はなくなり、元の通りフットワークも軽く動き回れるようになりました。
それでそのダイエットは止めにしたんですが、その後、日本中に『糖質カットダイエット』のブームが巻き起こり、僕は焦りました。
その先生の本が火付け役になったのかどうかは定かじゃないですが、テレビでもその本が紹介されていました。
後輩のデザインが画面に映っていて(羨ましい~)と嫉妬もしたんですが、それからしばらくして、そんなダイエットの危険性を論じる反対派が、健康被害の実態を公表し出すと、いくつも似たようなダイエット本が出されていたにもかかわらず、先生の本がやり玉に挙げられ、あの京都の病院にも誹謗中傷が寄せられたそうです。
(挿絵断っておいてよかった)と僕は胸をなでおろしました。
その後、『糖質カットダイエット』は、『糖質制限ダイエット』へと改称されることとなりました。
※冒頭の問題の答え:
コーラやカルピスの500mlには、約55gの砂糖が入っていて、それはショートケーキ2個分に相当します。そんなペットボトルのジュースを3本飲めば、ケーキをワンホール食べたのと同じ砂糖の摂取量になるんだよ。
スポーツ飲料でさえ、ショートケーキ1個分以上ですから。
ヤクルトなんてコーラより砂糖が多いんだから、あんなに小さいボトルにしておくべきなんだね。それでも幼児には大きいと思うけど。
甘い飲み物には気を付けて。
つづく