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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Rattler

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「おれのメンタルヘルスに影響するから、苦情受付の連中とはなるべく話さないようにしる。内勤でも、ここにだけは行かないわ」
「行かなくて正解だよ」
 高島はそう言って、テーブルに置かれたばかりのフライドポテトを一本取り上げた。
「まあ、親父さんがあんな感じでも、他の二人が頑張ってるからな。リョウタが小学生を助けてから、近所の評判は良くなったし」
「確かに。家族三人合わせて平均値を取ったら、普通の家族なんだけどな。親父さんが平均を下げまくってる」
 道田が言い、高島は声を合わせて笑った。瞬間的に盛り上がった空気が少しだけ冷めかけたとき、道田は声を低くして続けた。
「その小学生、通学ルートが中西電器の前の道でさ。しかも、石段とか縁石の上をわざわざ歩くタイプだ。うるさいって、親父さんに怒られたこともあったらしい」
「なんだ、怖い話か?」
「まあ、考え方によったら。その小学生がホームから落ちたのは、ちょうど大学で試合があって、混んでるときだった。大学生でひしめき合っていて、波に押されたって話だけどな。本人は、静電気みたいなのがバチって来たと周りに言ってた。それでびっくりして、バランスを崩したんだと」
 道田は言い切ると、息継ぎの代わりにフライドポテトを五本掴んで口に放り込んだ。
「その日、中西電器の横には例のボロい車が停まってた。つまり、小学生が落ちた日、親父さんはこの辺にいたんだ。電気に関しては、プロだろ」
「うるさいからって、感電させてホームに落としたのか? 考えすぎだろ、第一、その小学生を助けたのはリョウタなんだぞ」
「一緒にいたんじゃないか? そりゃあ、自分の父親が小学生をホームから落としたら、助けるだろ。おれなら、誰にもそのことは言わないだろうな」
 道田が言い、高島は小さくうなずいた。あの辺から、リョウタは父親の話をしなくなった。選ぶような話題でもなかったから気にしていなかったが、一線を越えた父親を通報するわけにもいかないし、色々と悩んでいたのかもしれない。
「道田、探偵の方が向いてるんじゃないか?」
「小学校時代から通ってたお前には悪いけど、道田運送の従業員としては、あの店はどうしても好きになれないんだ。ちなみにその小学生は吉井って奴で、従兄弟の友達だ。今はおれの彼女と同じ図書館でバイトしてるよ」
 道田はそう言うと、高島の顔をじっと見つめた。
「お前だって、探偵の顔になってるぞ」
「いや、陰口はよくないと思いつつ、気にはなるんだよな。その吉井って人は、二十歳ぐらいか?」
「そうだな。彼女に話を通しとこうか? どんな感じだったか、聞けるんじゃない」
 三杯目をビールにするかどうか迷いながら、その判断とごちゃ混ぜにしたまま高島はうなずいた。
「頼んでいいかな 。仕事が始まるまで、暇だし」
   
   
 高島は、改装されたばかりの真新しい図書館の前に立ち、スマートフォンが示す位置情報と照らし合わせた。ゲームと違って、関わるのをやめても他人の人生はそこで続いている。道田は親の会社で働いていて、リョウタは店主になり、ホームに転落して助けられた吉井は大学生。自分の人生は、道田から見てどのように映っただろう。今のところ、蓋を開けても何もない。大学を卒業して二年働いたが、次の仕事は全く違う職種だ。セーブを忘れて電源を落としたように、出遅れている気がする。
 だからこそ、暇な時間にじっとしていられない。まだ引き払っていない前のアパートに帰ればいいだけなのに、こうやって他人の問題に首を突っ込んでいる。ただ、道田がくれた『きっかけ』がなければ、本当にどこへ行く気もなくしていたかもしれない。
 高島は一階の貸出カウンターまで行って名札を見て回り、端の方で返却用のラックに本を積み上げている吉井を見つけた。ラックに手をかけて押そうとしたとき、視界に入るよう移動して小さく頭を下げた。
「あの、吉井さんですか」
「はい、そうです」
 吉井は眠そうな目を大きく開くと、うなずいた。二十歳にしては、随分と疲れた顔をしている。高島は再度頭を下げると、道田の彼女の名前を頭に呼び起こした。
「あの、高島と言います。沢木さんから話が行ってるかと……」
「ああ、はい。ちょっとこれ片付けるんで、待っててもらえますか」
 吉井は愛想の良い笑顔を浮かべると、早足でラックを押し始めた。十分ぐらいして空のラックと戻ってきた吉井は、言った。
「ここで話しますか? あと十五分で上がりますんで、帰り道が一緒ならそのときでも」
 高島が最寄り駅を伝えると、その顔色はやはり少しだけ変わった。吉井はうなずくと、従業員用の通用口に視線を向けた。
「でしたら、自分はひと駅手前ですので、もうちょっとお待ち願えますか」
 吉井を見送って本棚を眺めていると、別の店員が近寄ってきて、口元だけ微笑んだ。傾いた名札には『沢木』と書かれており、高島は慌てて頭を下げた。
「この度は、ありがとうございます」
「いえ、全然構いませんよ。タケ……、いや、道田から聞きました。色々と調べてらっしゃるって」
 沢木は抑えた声で言うと、自分といるときに道田がどんな感じか、高島にひと通り語って聞かせた。交際してからの二年間を高島が共有し終えたとき、沢木は秘密を打ち明けるように辺りを見回してから言った。
「すみません、一気に話しちゃって。本題なんですけど、私もね、ホームから落ちたほどじゃないけど、そういうエピソードを知ってて。十年ぐらい前なんですけど、お姉ちゃんの友達の猫が、行方不明になったんです。外飼いだったから、ある程度は覚悟してたらしいんだけど」
「それは、例の電気屋の近くで?」
 高島は言いながら、自分に驚いた。頭がいつの間にか、中西電器という名前を消してしまっている。今浮かぶのは、人嫌いでとっつき悪かったショウヤの顔だけだ。沢木は小さくうなずくと、言った。
「そう。でね、夜中になると、異常なぐらい猫の鳴き声が聞こえるって、噂になったんです。それで彼氏を引っ張り出して探してたら、今度は息子さん? に注意されたって」
 それは、リョウタ本人の口から聞いた。しかし、沢木の言い方だと、到底不良には思えない。高島は首を傾げた。
「その、お姉さんの友達って、結構やんちゃな人なんですか?」
 沢木は高島の所作を真似るように首を傾げた。
「普通ですよ。まあ明るいってか、活発な方ではあったと思う」
 高島がうなずいたとき、私服姿の吉井が顔を出し、店員の結界が破れたようにくだけた笑顔を見せた。
「お待たせです」
 高島は沢木に頭を下げ、吉井と図書館から出て電車に乗ると、がらんとした席に並んで座った。
「沢木さんも、姉の友人が飼っていた猫が、あの辺で行方不明になったって、言ってました」
 高島が言うと、吉井は小さくため息をついた。
「色々とあるみたいですね、あの家は」
「排水溝の蓋を踏んで歩くの、おれも子供のころはよくやりました」
「僕も好きでしたね。たてつけが悪くて音が鳴ったり、逆に足音すらしないやつとか。鍵盤みたいな感じで」
作品名:Rattler 作家名:オオサカタロウ