Rattler
「朗報だな。ラジコン少年だったのに、もう今は社会人って感じがするねえ」
高島は口角を上げてうなずいた。十歳年上だから、リョウタは三十五歳。でも、目尻のしわ以外はさほど変わっていないように見える。
「お店が変わってなくて、安心しました」
「変わってないだろ。でも今は、オンラインが中心だね。物理の店舗はもう閉めたいんだけど、かーちゃんがそれだと近所の人が困るって、中々腰を上げないんだよ」
リョウタはレジの後ろで開いたままになったノートパソコンの画面を見ると、キーボードの端をコツコツと叩いた。高島は棚にかかったモバイルバッテリーをひとつ手に取ると、言った。
「その場で修理できるのは、リョウタさんだけじゃないですか」
「まあ、それはそうだな。ただ、おれが手出しできるのはメーカー保証が切れたやつだから、基本は骨董品だよ。電気屋としては、新しいやつを買って欲しいね」
「いつまでも修理してたら……」
「人は新しい物を買わない、まさにそれだな」
四年ぶりだが、会話に潤滑油のようなものは必要なかった。リョウタは話し方も昔から変わっておらず、機械いじりに対する熱意がありながら、どこか現実主義でもあった。高島はモバイルバッテリーをカウンターに置くと、かなり縮小されたラジコンコーナーを眺めた。リョウタが首を伸ばして同じ方向に目を向けると、苦笑いを浮かべた。
「昔ほどは、流行ってないね」
「そうですよね。今はリョウタさんが店長なんですか?」
「そうだな。店は正式におれ名義になってる。かーちゃんは世間話要員だ。おれにはできないからね」
確かに、中西電器の評判はミツコのコミュニケーション能力によって保たれていた。評判を引っ張り下ろす『要員』だったショウヤが店主の座から降りたということは、頭痛の種もなくなるということだろうか。高島がそこまで考えたとき、頭の中を読み切ったようにリョウタが言った。
「この前の道、トラックは通らないだろ。昔、オヤジが役所に怒鳴り込んでから、市が通行禁止にしたんだ」
高島は納得したようにうなずいた。元々道幅が狭いし、車が少ない方がいいのは確かだ。
十年ほど前、リョウタ自身もここを抜け道代わりに使っていた不良グループを追い払ったことがある。近所で夜中になると猫の鳴き声が響くとクレームになっていて、その異常な鳴き方から誰かが虐待しているのではないかと話題になっていた。リョウタはしばらく窓を開けたまま寝るようにしていて、不良の一味と思しきカップルが通りがかったときに大声で怒鳴った。答え合わせのように、それ以来猫の鳴き声はぴたりと止んだ。
モバイルバッテリーを買うと、高島はぺこりと頭を下げた。リョウタは紙袋に商品を入れると、高島の方に差し出しながら言った。
「お買い上げ、ありがとうございました。これから、どこか行くの?」
「道田っていう昔の連れと会ってきます」
「この辺で道田っていうと、道田運送の子かな?」
「そうです」
高島が言うと、リョウタは意外そうに眉をひょいと上げた。
「懐かしいな。小学校のころは、よく一緒に来てたっけか」
高島はうなずいた。道田はいわば、仮のラジコン仲間だった。それでも、何度もついて来てくれただけ、義理堅かったとは思う。壁にかかった時計を見て、高島はモバイルバッテリーがまっすぐ入れられた紙袋を持って、店から出た。
駅前の商店街にある居酒屋は、大抵座席が狭い。隙間なく詰め込まれた座席に道田が体を押し込む様子を見ながら、高島は笑った。
「二人分使えよ」
「幅じゃねえよ、厚みの方だ」
道田は枝豆とビール二杯を注文すると、息を吐き切って止めた。高島は首を伸ばして、道田の体とテーブルまでの隙間を目で測った。
「それでジャストサイズ?」
呼吸を再開した道田は、少しだけ紅潮した顔を歪めて笑った。
「そうだ。それにしても、久しぶりだなあ。大都会は肌に合わなかったか」
ビールが来る前から聞くということは、それが一番聞きたかったことなのだろう。高島はうなずくと、メニューをスタンドに立てながら言った。
「なんだろうな。馴染んだらなんてことなかったっていうか。結局やることって、都会でもそんなに変わらないんだよな。それなら地元の方がいいわって」
答えを用意していたわけではなかったが、道田の前で言葉に出してみると、無意識に答えを整理していたような気もした。道田は枝豆とビールを受け取ると、豆をひと粒口へ抛り込んでから、言った。
「まあ、人間のやることってな。上から入れて、下から出すだけだ」
「こら」
おしぼりで手を拭きながら高島がたしなめると、道田は肩をすくめながらジョッキを掲げた。
「なんにせよおかえり」
乾杯してからしばらくは、地元が四年間でどう変わったかという話が続いた。老舗の本屋が潰れてコンビニになり、別のコンビニが潰れてカフェを兼ねた本屋ができたらしい。触覚を切られた虫みたいな町だ。他には、図書館が改装されて綺麗になったということぐらい。
「おれの彼女は、図書館で働いてる。顔を見に行ったこともあるんだけど、まあ静かだね」
道田が言い、高島はメニューを見ながら笑った。
「話、合うの?」
「本の話はしねえよ」
そう言いながら早々にビールをお代わりした道田に合わせて、高島は自分のジョッキを空けた。
「運送の仕事はどうなの? 外勤と内勤で半々って聞いたけど」
「まあ順調だけどな。基本、御曹司特権があるから、なんとも言えないわ」
道田の口調からすると、陰口は相当叩かれているのだろう。何か自分にない部分があると、どうしてもグループを分けたくなる。その気持ちは分かるし、それが社長の息子となれば、尚更だろう。
「道田的には、外勤と内勤どっちがいいの?」
「内勤かな。息は詰まるけどね。プリンタの用紙とか、ブザー鳴りまくってんのにみんな聞こえない振りして換えないんだよ。大抵、おれがやってる」
「御曹司がプリンタ用紙交換かよ。それでも内勤なのか」
高島が二杯目のビールを店員から受け取って料理を注文したとき、道田は何度もうなうずきながら言った。
「外勤は、ルートによる。二トンとはいえ、この辺の住宅街まで入り込むのは大変なんだ」
中西電器の前の道を迂回していたトラックを思い出し、高島は言った。
「入ったらいけない道とか、地元ルールもあるんじゃないの? 中西電器の前とか、誰も通らないじゃない」
道田の顔が険しくなり、目が仕事中のように鋭く変わった。余計な記憶に触れてしまったかもしれない。高島が少し身構えたとき、道田は少しだけ表情を緩めて言った。
「中西電器な……。あそこは、色々あるよ」
「クレームが来るの?」
「苦情受付の部門があるんだけど、すごいらしいよ。一応、店の前は通行禁止ってのは徹底されてるんだけど。昔話で聞いたのは、五年前だったかな。手前で曲がるときにギアを入れるのを忘れて空ぶかしした奴がいたんだ。で、たまたま親父さんが家にいたらしい。十分後には、お前のとこの従業員は暴走族かってクレームだ」
いかにも、ショウヤが言いそうなことだ。高島がその顔を思い出しながら肩をすくめると、道田はジョッキをひと口で半分ほど空けてから、続けた。