小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

マルチリベンジ

INDEX|20ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

「俺だって、それくらいのことは気にならないさ。だって、この世の地獄を見てきたんだ。このまま治らなかったらどうしようとか、真剣に考えたものさ」
 というではないか、
 それを聴いて彼女は少し考え込んでいた。
「そうね、あなたの苦しみ分かる気がするわ。私も普通に引退したかのように見えているんだけど、実は、歌が歌えなくなったのよ。こうやって普通に話をする分にはいいんだけど、アイドルグループとして、踊りながらの歌は、命取りだって医者から言われたのよ。それに静かに歌うというと、それなりの歌唱力が必要でしょう? そのためには、必死になったレッスンを受けないといけない。こちらも命取りだって言われたのよね」
 というのだ。
「そうなんだね。それはきついよね」
 というと、彼女も黙ってしまった。
 せっかくの、二人だけの食事をそんな形で静かにさせるのは、男としては、望んだことではない。
 そんなことを話していると、
「結局、俺たちって、言い方は失礼だけど、似た者同士なのかもよ?」
 というと彼女はニコリと笑って、
「だったら、一緒になりましょうか?」
 と平気で、たいそうなことをいうではないか。
「ああ、そうだね。結婚しようか?」
 と思わずいいかかったところを、その時は必死にこらえた。
「いやいや、ちょっと調子に乗りすぎたか?」
 と、自分から否定すると、
「私、本気よ」
 と言われ、思わず、戸次は生唾を飲み込んでしまった。
「そっか」
 とそれ以上何を返していいのか分からなかったので、そういって、話が飛んでしまったのだが、
「私はいいのよ。私はあなたが、私をそこまで好きになってくれたのかどうかが、一番なんだって思っている」
 と、彼女とすれば、
「私の気持ちは何があっても変わらない」
 といっているように思えてならないのだった。
 その覚悟は、戸次には十分に固まった。
 しかし、戸次には、その気持ちに答えるだけの勇気がなかった。
「やっぱり彼女の覚悟というのは、同じようにいばらの道をくぐってきたのだろうが、俺が思っているよりも、かなり深いところにあるんだろうな」
 と感じたのだった。
「戸次さんが、今度の試合で勝ったら、私、プロポーズしてもらおうかしら?」
 という、そんなことを言い出した。
「ああ、それもいいね」
 と思わず言ったのは、
「プロポーズの返事、結婚してもいいといっているのと同じだ」
 ということであった。
 二人結婚したのは、それから、3カ月後だった。賑やかなことはほとんどなく、さすがに以前のような活躍でもないので、実に地味なものだった。しかし、芸能関係は、思ったよりも賑わっていたようだ。

                  大団円

 芸能関係で賑わっていたのは、それなりに理由があったのだ、戸次自身は知らなかったのだが、
「彼女の卒業が、どこかのイケメン俳優とのデートを、通称、
「芸春砲」
 と呼ばれている週刊誌に、すっぱ抜かれたことからのモノだったからだ。
「芸春砲なので、どこまでが本当か分かったものではない」
 と言われていたが、この二人の場合は、意外に信憑性があったようだ。
 なぜなら、二人の交際を頑なに事務所は否定したが、友達であることは否定はしなかった。
 しかも、ただの友達なら、卒業させる必要もないのに、まるで逃げるようにして卒業していったのだ。
 しかし、それから少しして、今度は同じイケメンタレントが、何と、別の女との交際が発覚し、
「二股なのか?」
 という疑惑があったのだ。
 しかも、その女性は、元彼女が所属していたプロダクションだったのだ。
「卒業したから乗り換えた」
 というのか、それとも、
「最初から二股だった」
 ということなのか分からなかったが、ビックリしたのは、事務所が否定をしなかったことだ。
「二人は、正式に交際しており……」
 などというプレス発表までして、実際にそれから、少しして、婚約から結婚としてしまったのだ。
 戸次が結婚しようとした、元アイドルは、芸名を、
「原田かすみ」
 という名前で売れていた。
 本名は、
「鶴崎麻衣子」
 と言った。
「本名の方がアイドルらしいよ」
 と、戸次は言ってしまった。
 言ってからすぐに、
「これはヤバかったかも?」
 と思ったが、案外、麻衣子は喜んでいるようで、
「ありがとう」
 と言ってくれた。
 もし、戸次が、
「彼女と結婚してもいいかも知れない」
 と最初に感じた時がいつかと聞かれると、
「この時だ」
 と答えることだろう。
 戸次も人生の表も裏も知ってしまったことで、彼女に遭えたのだと思えば、
「今の苦労も悪いものでもない」
 と思うのだった。
 かといって、本当にこれからの毎日をいかに過ごすかということを考えると、不安がないわけではない。
 それだけに、
「これからの人生、一緒に歩んでくれる人がいればいい」
 と思っていただけに、同じような苦労や、トラウマになりそうな経験をした人と、話が合うのが嬉しかった。
「きっと、お互いのことを分かっているに違いない」
 と、相手も思っているだろうと思うことが、本当にきっかけになったのかも知れない。
「僕は、君とだったら、これからの人生を一緒に歩めると思うんだけど」
 というと、彼女も、
「ええ、私もあなたとなら、と思っていました」
 と、お互いの気持ちを確かめ合うと、二人はその日、固く結ばれたのであった。
 二人の結婚が大々的に報じられると、時を同じくして、いや、まるで図ったかのように、麻衣子から別のアイドルに、
「乗り換えた男」
 と、
「先輩を裏切った女」
 との間の婚約が発表されたのだった。
 向こうは、ひな壇があるインタビューの華々しい席でのことだったが、戸次の方は、自分だけが発表するという形で、その会見場も、後ろがスポンサーの入ったパネルで、
「ヒーローインタビュー」
 にあるような感じで、
「結婚報告」
 というには、寂しいものだった。
 しかし、それでも戸次は堂々としていて、
「結婚のお相手は?」
 と聞かれて、
「5つ年下の、一般女性です」
 と答えた。
 その時、別の無神経な記者が、まるでヤジを飛ばすかのように、
「元アイドルの、原田かすみさんじゃないんですか?」
 と言われた。
 一瞬、緊張感が走った。何しろ、かつてウワサになった男が、つい最近、婚約発表をしたばかりではないか。それを知っていて口にするのだから、完全に、引っ掻き回そうとしているようなものではないか?
 そんな無神経な記者をしり目に、
「さあ、どうなんでしょう?」
 とうまくかわしたことで、会場は、安堵の空気に包まれた。
「どうなんですか?」
 とさらに追及しようとしたので、球団の広報が、その男をつまみ出した。
 その男はつまみ出されるのが、仕事のようで、ニコッと笑って、退場していった。
 その翌日、
「戸次投手。婚約発表において、当社記者に暴行」
 ということで、いかにも暴行を受けているような写真が出回った。
 確かに、戸次に詰め寄っているところを突き飛ばされているように見える写真だったが。今から思えば、似たような写真があったのも事実だった。
作品名:マルチリベンジ 作家名:森本晃次