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「このまえは悪かった。あんな失敗はもうしない。今度はしっかり文献を読破したし、存分にお金をかけた」とSは言ったが、微妙に視線が下がっている。

以前、「これはノーベル賞ものだよ、人類の夢、誰でも毛が生え、ふさふさした頭になる毛生え薬だ」という実験台になり、すでに禿かかっていた頭を5割増しの禿頭にされたのだった。以来、はげまし という言葉を聞くたびにドキッとして、未だに治っていない。


「いくら貸していたっけなあ」とSは独り言というには大きな声で言って、机からノートを取り出した。

「わかった、わかった。実験台になってやるよ」と私がいうと、Sは赤ん坊のように無邪気な笑い顔になった。「でも、また禿げるのは絶対イヤだからな」と少しだけ強気になって私は言った。

「大丈夫、心配ない、信じなさい」と言いながらSは私を引っぱって、片隅のベッドに向かった。

「絶対に禿げることだけは無い」
Sはてきぱきと実験の用意をしているが、私は「禿げることだけはない」の【だけは】にアクセントがあったのを不安に思いながら、いつの間にか眠くなってゆく自分を感じていた。薄れゆく意識のなか、まだ、何も選んでないことに気づいた。遊び、そして恋愛と選ぶつもりだったのに……。

      *         *

そこは日本のカジノだった。オネエちゃんが待っていて、近づいて行く私にコインがどっさり入ったカゴをくれた。気の弱い私は「これ、貰っていいの?」と聞くと、オネエちゃんはニコツと笑って「どうぞ」と言った。その笑顔だってタダで貰っていいのだろうかという素晴らしさだった。これは夢ではなかろうか。月並みな発想から私は自分の頬を叩いて見た。当然痛いのだが、舞い上がっているせいか、それさえも快感に思えた。

「わからん! えーい夢でもいいぞー」と私は興奮したまま、コインを賭け始めた。さすがにそこはシビアでコインがどんどん増えることは無く、あっという間にスッてしまった。

私は少し夢から覚めたような気になったが、立ち上がって回りを見渡すと、さっきのオネエちゃんと目があった。私は魔法にかかったようにオネエちゃんに近づいた。

「コイ……」オレが口を開きかけたら、オネエちゃんはすぐに、ニコッと微笑んでコインの入ったカゴをくれた。

「やはり夢か」と私はつぶやきながら、少し覚めた感じで賭け始めた。

三度目もオネエちゃんは、同じように微笑んでコインをくれた。私はだんだんとむなしさを感じながら、賭けた。どういう訳か今度はどんどん溜まり出した。しかし、心はどんどん覚めて行く。

目の前にどっさり溜まったコインを、うつろな感じで眺めながら、私はカジノを出た。心の中を冷たい風が通り抜けていく感じがした。