Jailbirds
遠藤がグロックのグリップを掴もうとしたとき、大川はドロップをざらざらと手に空けて、後部座席に差し出した。
「言うこと聞いたら、これあげるから。ハッカ好きやろ?」
息を吸い込んだ音無は、条件反射のように大きなくしゃみをした。大川と遠藤が顔を見合わせたとき、音無の手の中で銃がくるりと反転した。
「私は姉だよ」
美夜子はグロック26で遠藤の頭を吹き飛ばした。出井が振り上げようとした銃口を足で押さえ込んで顎下から一発を撃ち、後ろから身を乗り出した真野の持つスウェディッシュKを掴んでその銃口を逸らせた。真野はそのまま引き金を引き、キャラバンのダッシュボードが穴だらけになった。大川は狭い車内で身体を反転させようとしたが上手くいかず、ミニウージーの連射は美夜子の脇腹すれすれを掠めてパソコンを破壊し、真野の体に命中した。美夜子が座席を蹴飛ばして銃口をさらに逸らせたときに弾が切れて、シートの隙間から見えた大川の膝に向けて、美夜子は二発を撃ち込んだ。大川は悲鳴を上げると、弾が切れたミニウージーを持ったまま助手席から飛び出して、片足で跳ねながら駆け出した。
美夜子は三列目の座席を振り返り、太ももから下腹にかけて血まみれになった真野の右目に銃口を当てると、そのまま引き金を引いた。キャラバンから降りたときには、大川の後ろ姿は見えなくなっていた。美夜子は体勢を立て直すと、グロック26を胸の前に引き寄せて深呼吸をした。
こんな怪しい連中に、紗季を預けるわけがない。案の定、しょうもないことを計画していたらしい。庄内を殺したのは、血の匂いを纏っていた出井だろう。できるなら、もう一度生き返らせてから、その顔に弾を撃ちこんでやりたい。
美夜子はゆっくりと歩き始め、大川が逃げた車庫の方向へグロック26の銃口を向けた。左手に持ち替えて上着のポケットを探ったとき、スマートフォンが真っ二つになっていることに気づいた。大川が当てずっぽうに放った弾丸が当たったのだろう。もっと優位な状況で一度に全員を殺せればよかったが、もう手遅れだ。新しい手を考えなければならない。血の跡こそ残っているが、大川が暗い場所に逃げ込んだのは気配を消すためだ。大川には、匂いや空気といったものが存在しない。あのいびつな形の手に捕まってしまったら最後、地上から数十センチ持ち上げられて首の骨を折られて終わる。そうならないために、こちらができることはひとつ。美夜子はグロック26の弾倉を入れ替えると、事務所の階段に向かって歩き始めた。
仙谷は、ずっと両親の味方だった。
事務所の電気が点いているということは、中にいる。仙谷が協力してくれるなら、大川を死ぬほど怖がらせてから殺せるかもしれない。美夜子は静かに階段を上がると、事務所のドアを四回ノックした。
ドアが内側に開き、仙谷が顔をしかめながら言った。
「紗季?」
「実は美夜子です。お久しぶりです、外が騒がしくてすみません」
仙谷はドアを大きく開き、美夜子を中に招き入れた。美夜子は仙谷の右手にキンバーTLEが握られていることに気づいて、言った。
「聞こえてました?」
「カメラで見てたよ。おれを殺すための仕事だろ?」
「いえ、実際には紗季を誘拐するのが目的だったみたいです」
「どうして?」
仙谷はそう言うと、カメラが並ぶ部屋に入った。美夜子は車庫を映すカメラに目を向けながら、言った。
「多分、うちの商売を引き継ぐためです。十五年前にもやられかけたけど」
こういうときは、店の中に死体を残さず必ずどこかへ連れ去ってから殺す。力ずくで乗っ取られたとか、変な噂が立たないようにするためだ。美夜子がカメラの映像に目を凝らせていると、仙谷が背中をぽんと叩いて言った。
「ここにいれば、大丈夫だ」
「ひとり、残ってるんです。車庫に逃げました」
美夜子が言うと、仙谷はカメラの明度を上げた。車の陰に、白っぽい裾のようなものが見える。
「こいつを肴に、ひと晩楽しむか」
仙谷がキンバーTLEの巨大な銃口でモニターをつつくと、美夜子はうなずきながら口角を上げた。
「変わりませんね」
仙谷はうなずいたが、頭の中では確信が持てずにいた。実際には、色々なことが変わった。自分の心臓のことだけじゃなく、遠藤や大川といったベテラン勢の考えも。あの二人が自分を狙うことは、初めから分かりきっていた。狭い業界である以上、考えることは同じだ。ただ引退するだけでは、手元に何も残らない。今後も自由に生きるには、退職金代わりと言っては何だが、とてつもない金額の資産が必要だ。例えば、大量の売上金とか、顧客リスト。あるいは、車や銃。残念だが、美夜子の勘は完全に正しい。装備屋という商売は、そうやってオーナーが入れ替わっていくものだ。ダイヤスのオーナーですら、昔は殺し屋だった。
この業界に長く身を置いていると、ぼんやりと未来が見えるようになる。だから遠藤と大川には、変な気を起こす前にこちらから仕事を依頼した。それは、襲撃の仕事に見せかけて音無ボデーの妹を拘束し、ここに連れてくること。最愛の妹を人質に取ったら最後、抜け目のない姉も動かざるを得なくなる。ただ、まさか姉の方が自分からやってくるとは思わなかった。どっちにしろ、二人を同時に同じ場所へ引っ張り出さなければならない。妹を残すのも、それはそれで厄介だ。紗季は頭が良いし、コンピューター越しに直接会うことなく相手を倒せる。
「変わったよ、色々と」
仙谷が言うと、美夜子はダークグリーンの眼鏡をずり上げながら、目を向けた。仙谷は苦笑いを浮かべると、自分の心臓を指差した。再び前に向き直った美夜子の横顔を見ながら、仙谷は苦笑いを消した。その右手に持ったグロック26の引き金を引きたくて、待ちきれないように見える。昔から、美夜子は行動力の塊だった。
十五年前、音無姉妹は十歳だった。ヤスと昼飯を食べて、当時店頭に並んだばかりのスマートフォンの話をしたことを覚えている。仕事は次の日に、即席で集めた三人で決行した。ヤスを探し切れなくて、失敗に終わったが。
とにかく装備屋というのは、いつだって狙われる立場だ。仙谷はカメラを覗き込む美夜子に言った。
「いや、美夜子の言う通りだ」
美夜子が顔を向けると、仙谷は口角を上げて笑った。
「おれは、昔から何も変わってない」
スマートフォンの着信音は、コンテナの中から聞こえた。飯島が扉を開けると、手を後ろで縛られた紗季が、養生テープでぐるぐる巻きにされた口元から籠った悲鳴を上げた。自由になった紗季が発した第一声は、飯島の予測と全く違った。
『姉ちゃんを止めないと』
音無ボデーに直行したのは、美夜子が回ってほしいと依頼してきた場所に、店が含まれていなかったからだ。美夜子は初めからこうするつもりで、仕事が決まった日に鍵を預けたのだろうか。飯島は、事務所で私物のノートパソコンと睨めっこしている紗季に言った。
「本当に、美夜子さんなんですか?」
飯島が訊くと、紗季は薬が混ぜられたコーヒーを飲んだ自分を悔やみきれないように、トレードマークの眼鏡がない状態で目を細めながら歯を食いしばった。美夜子のスマートフォンに発信しても、呼び出し音すら鳴らない。