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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jailbirds

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 真野は、場の空気を手遅れになってから読み取ることが多く、遠藤と大川という業界の大先輩に声を掛けられていることもあって、その反応は余計にピントを外していた。出井が真野の側頭部をパチンと叩き、出来の悪い象牙のような歯を見せて笑った。
「アホ。五年間切り盛りしてきた、その先の話やがな。手前はどうでもええねん」
 大川が咳ばらいをして、後ろを振り返った。
「まあ、大変やったとは思うけど、姉貴の方は怒らせたら怖いからな。その辺は妹がよう知っとるやろ。なあ音無さん?」
 三列目の真ん中に座る音無は、ダークグリーンの眼鏡をひょいと上げると、小さくうなずいた。ノートパソコンに照らされて青白く光る顔を上げて、大川と同じようにこちらを振り返る出井と真野の顔を交互に見ながら、言った。
「手が早いのは、間違いないですね」
「紗季ちゃんは、ずっとパソコンオタクなん?」
 真野が言ったとき、遠藤が運転席から身を乗り出すようにして言った。
「子ども扱いしたんな、仕事中は音無さんや」
 音無は肩をすくめると、パソコンの画面に映し出されたネットワーク図を眺めた。装備屋、双子、音無ボデーの人。色々な呼び方がある。でも仕事中は、他のプロと同じように苗字で呼ばれたい。出井と真野は地方を渡り歩く『出稼ぎタイプ』で、出井が五十代の大ベテランであるのに対して、真野はまだ二十代。さほど結束は固くないし、遠藤や大川からすれば使い捨ての鉄砲玉だろう。そもそも出稼ぎはそういう人材だ。どこにでも行けるが、どこでも半人前に扱われる。音無は、現在地と目的地を結ぶ長い幹線道路を地図上で眺めながら、意識を研ぎ澄ませた。この中の誰かは分からないが、微かに金属と混じった血の匂いがする。おそらくだが、返り血ではなく刃物に残った血だ。
 誰も言葉を発さないまま五分が過ぎたとき、遠藤が再びブレーキを足に乗せた。
「よっしゃ、いきまっか。あと三十分で着くわ」
 遠藤はアクセルを踏み込むと、大型トラックがパッシングしながら迫るのを気に留めることなく、本線に合流した。後ろで急ブレーキの音が鳴り、クラクションが追い打ちをかけたとき、大川が苦笑いを浮かべながら言った。
「着く前に死ぬぞ」
 遠藤が意に介さず鼻で笑うと、真野がフォローするように言った。
「でも、合流できましたよね。すごいっすね」
 出井が真野の側頭部をパチンと叩いた。
「今のは危なかったやろ」
 バックミラー越しに遠藤と目が合ったことに気づき、出井は繕うように笑顔を作った。
「合流できてよかったと思います。はい」
 小骨だらけのやりとりに、大川が笑った。
「噂になっとるけどな。自分ら、スノーボールおぢって、知っとるか? 会員制のサイト持ってて、色んな内部事情を公開しとる」
「そうなんですか、うちらも載ってるんですかね?」
 出井が話題を砕きかけたところを、真野が拾い上げた。
「遠藤さんの運転も、噂になってるんですか?」
「そら、これだけ下手くそやったらな」
 大川はそう言って、出井と真野を取り残したままひとりで笑った。
「音無さんとこも載ってたぞ。お姉ちゃんのほうが、ひと晩で商売敵を六人殺したって」
 音無が顔を上げ、偶然振り返った真野は、画面の反射で青白く光る顔を見てすぐに目を逸らせた。その表情は冷たく、この仕事が終わるまでは誰にも付け入る隙を与えたくないようだった。
「紗季ちゃ……、音無さん。お菓子もあるからな。ドロップ好きやろ」 
 子ども扱いが入り混じった口調で、遠藤が言った。音無がぺこりと頭を下げたとき、大川がコンソールに置かれた袋を開き、スナック菓子を口に放り込み始めた。
  
  
 建物の電気を全て点けたままにするのは、どこにいるのか分からなくするためだ。外に影が伸びないよう、部屋の電気は全て、壁側に少しだけ傾けてある。生き残るためのルールは単純だ。組み合わせていく内に複雑になり、順番を忘れた人間から先に死んでいく。仙谷は、生死を天秤にかける前から、全てを手順化してその通りに行動する性格だった。コーヒーを何口で飲むかも、歯を磨くときに歯ブラシを何回往復させるかも、全てが決まっている。おおよそ三十年に渡るキャリアの中で、そのルールを動かしたことはほとんどなかった。自身の身を守る拳銃は二挺で、キンバーTLEとS&WM360。朝食、昼食、夕食は毎日ほとんど同じ物を食べて、そのサイクルをずらせることも滅多にない。特に仕事が迫っているときは、機械のような生活サイクルをその日まで繰り返す。天職だと思っていた。一ヶ月前、心臓に問題が見つかるまでは。六十代までこの業界で生き延びたこと自体が、奇跡的ではある。次が最後の仕事というのは、どこかから突然湧いて出た噂だったが、実際その通りでも構わない。何十年も血圧が二百近くに跳ね上がる現場を渡り歩いて、最後には用済みとなるか、誰かが後釜を狙いに来る。こんな物騒な商売には、年金システムが必要だ。その考えは昔からあって、実際に何度か引退を考えたが、引き留められたり邪魔が入ったりで、結局実現はしなかった。
 仙谷は、テーブルの上に並べた二本の八連弾倉にホーナディのホローポイント弾を一発ずつ装填していった。二本はすでに満タンになっているが、十六発で足りるとは思えない。
 十分ほど前、この辺りではあまり見かけない紺色のキャラバンが事務所の周りを一周した。防犯カメラの映像だから何人乗っているかは分からなかったし、信号に捕まることもなかったから、特徴はさほど掴めていない。
 そして、ちょうど今、防犯カメラのひとつに対してアクセス試行があった。裏側を見張るためのもので、ハッカーであれば誰もが目をつけるだろう。罠を張っていたつもりはない。しかし、想定通りの場所で何かが起きている様子を見るのは、正直気分がいい。ポーチの空いたスロットに弾倉を差し込むと、仙谷はベレッタ1201FPのチューブ型弾倉に六発のバックショットを装填した。身を守る拳銃は二挺。攻撃するための銃は一挺。仙谷は薬室に装填して安全装置をかけると、階段を下りて車庫に続く通路の裏に立てかけ、再び二階の事務所へと戻った。さっき、長々とクラクションの音が聞こえたから、ハンドルを握っているのは『煽らせ運転の遠藤』とみて間違いないだろう。
 ここまでは、想定した通り。ここから先は、どんなことでも起きうる。
  
  
 データ解析用のプログラムは、いつか紗季をあっと言わせるために独学で作り上げたもので、飯島は個人用のクラウドサービスから家のパソコンに紗季のデータベースをダウンロードした後、そのプログラムで特徴のあるデータを抜き出そうとしていた。様々な視点から自動で統計分析を繰り返す仕組みで、今回は異常なデータを抜き出す用設定している。一見さん、大量買い、突然銃や車の趣向が変わった客など、諸々。
 何件か結果が出てきたところだったが、それを確認する直前に、美夜子からメッセージが入った。だから今は車の中で、解析プログラムは家で流しっぱなしになっている。
作品名:Jailbirds 作家名:オオサカタロウ