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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jailbirds

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 紗季が顔を上げた。美夜子は横顔を覗き込みながら、自分に瓜二つの目がこちらを向くのを待った。紗季は小さく息をつくと、この場にいない『捕まったハッカー』を心底馬鹿にするように、口角を上げた。
「でしたら、私が同行します」
「心強いわ、ほな頼むで」
 遠藤が言い、紗季は最終確認をするようにうなずいた。美夜子は遠藤と大川の顔を代わる代わる見てから、ようやくうなずいた。美夜子自身が銃を片手に仕事を手伝うことはないが、紗季は基本的に裏方で、仕事ぶりは表に出ない。ハッカーの仕事に限れば、利害関係は見えにくい。
「いつやるんですか?」
 紗季が言うと、大川は座標を書いたメモをポケットから取り出した。
「明後日の夜。臨場したときに、工事現場に面してる裏のカメラだけ消えとって欲しいねん。調べといてくれるかな」
「承知しました」
 紗季はメモを受け取った手で、眼鏡をひょいと上げた。遠藤はそれで話が済んだように、椅子の背もたれに小さな体を預けた。
「あと、車やね」
「ちょっと待ってて。前に回します」
 美夜子が庄内に目配せし、二人は車庫に消えていった。退屈そうにしていた紗季は、飯島が目を合わせるのと同時に用事を思い出したように立ち上がり、廃車が何台か置きっぱなしになっている裏の空き地の方へ出て行った。ヘッドホンを耳につけてノートパソコンを足の上に乗せたまま、飯島はオーディオのボリュームをこっそりと下げた。遠藤と大川の会話が微かに聞こえる。耳を傾けながら、ノートパソコンから個人用のクラウドサービスにログインし、紗季がめちゃくちゃに入力したリストを転送した。こちらは家でもできるが、今は二人の会話の方が重要だ。ほどなくして店の前に紺色のキャラバンが停まり、庄内が運転席から降りてきて言った。
「こっち置いときますねー」
 美夜子が車庫から戻ってきて、同時に戻ってきた紗季に言った。
「あら、どこに行ってたの?」
 紗季は答えることなく、飯島の耳からヘッドホンを取り上げた。
 遠藤が封筒を取り出して銃四挺の支払いが終わり、大川はダッフルバッグに銃を戻して弾薬箱と一緒に担ぎ上げた。
「遠藤、おれに運転させてくれ。頼むわ」
「いんや、お前の運転は速すぎる」
 遠藤はそう言うと、美夜子と紗季に会釈して立ち上がった。
「ほな、お願いしときます」
 事務所が静かになり、紗季はヘッドホンで耳を挟み込むと、オーディオのボリュームを上げた。ジャニスジョップリンのサマータイムが音漏れするほどの音量になり、美夜子は紗季が自分の世界に入り込んだのをしばらく見ていたが、冷蔵庫からファンタグレープの缶を二本取り出すと、飯島を目で呼んだ。廃車が置きっぱなしになった空き地に出ると、美夜子は庄内が通勤で使っているランサーセディアにもたれかかり、一本を飯島に手渡しながら言った。
「あの子はいつも、わけわかんないんだよね」
 紗季は、外向けの仕事を一回は嫌がる。段取りが済んでいない即興の仕事は特に。しかし今回は、さほど嫌そうでもなかった。紗季が嫌うのは、他人が介入することで自分の生活ペースが崩れることだ。夜通し起きている必要があったり、何日も家を空けなければならなかったり。一応、今回はそのどちらにも当てはまらないが、それでも二つ返事はいつもの妹らしくない。美夜子がファンタをひと口飲んだとき、同じタイミングでひと口を飲んだ飯島は言った。
「さっき、紗季さんも席を外したときなんですけど」
「それだよ、支払い終わってないのにあれはないって」
 美夜子は抑えた声で言った。そのまま話し続けようとして飯島の言葉を遮っていることに気づき、唇を結んだ。飯島は充分待ってから、小さく咳ばらいをして続けた。
「いや、二人の会話が聞こえたんですよ。元々雇っていたハッカーは、同業からのタレコミで捕まったって」
 美夜子は細く整えられた眉をひょいと上げた。
「オーディオガンガンで、良く聞こえたね」
「いや、例の二人の話が気になって。ボリューム下げてました」
 飯島が言うと、美夜子は猫のように口角が切れ上がった笑顔で、目を細めながら笑った。双子でも笑い方は別人。美夜子は笑うと目が線になるが、紗季はどれだけ笑っても目を見開いたままだ。飯島が照れ隠しで頭に手をやりながら愛想笑いを返すと、美夜子は柔らかく固めた拳で飯島の肩を小突いた。
「やるねえ、いい情報をありがと。そのこっそりスキルは役に立つよ」
 飯島が恥ずかしそうに笑い、瞬間的に熱を帯びた空気が再び冷え込むのを待ってから、美夜子は言った。
「ところで、スノーボールおぢって聞いたことない?」
 飯島は口に近づけていたファンタの缶を離して、首を傾げた。
「いや、初耳です。お客さんですか?」
 美夜子は首を横に振った。
「ううん、私も知らない。仙谷さんっていうベテランがいるんだけど、その人が怪我をしたって情報を流したの。ハッカーがタレコミで捕まったって聞いて、ちょっと思い出した。もしかしたら同じ人がやったのかもって」
「そのスノーボールって人は、情報通なんですね。それで美夜子さんが知らないってのは、変な感じがします」
 飯島の言う通りで、この業界では自分のことを明かさずに情報通にはなれない。美夜子はファンタを飲み干すと、ベルトのカラビナからぶら下がる鍵を一本取り外して飯島に差し出した。
「これ、事務所の鍵。この仕事が終わるまで、持ってて」
「自分を信用してくれるんですか?」
「いつも信用してるよ。私が心配してるのは、仙谷さんのポジションを狙った頂上争いが起きるんじゃないかってこと。それが起きるなら、紗季は巻き込みたくないんだ。報酬も出すから、連絡がつくようにしといて欲しい」
 飯島は鍵を受け取ると、うなずいた。美夜子は飯島の手から空いたファンタの缶を回収すると、目で送り出した。事務所に戻って缶を捨てると、美夜子はヘッドホンをつけたままノートパソコンと睨めっこしている紗季の肩を叩いた。
「もう仕事してるの?」
 紗季はヘッドホンを外して、うなずいた。
「ザリガニの大川が言ってたのは、貸事務所の裏を見張ってるカメラだったよ」
 ノートパソコンには地図と別アングルのカメラ映像が表示されていた。美夜子が画面を見つめていると、紗季は補足するように小さく咳ばらいをしてから言った。
「無線で飛ばしてるタイプだね。現地で電源を飛ばすぐらいはできると思う。でもさ」
 言葉を切り、紗季は顔を上げた。眼鏡の後ろで大きな目がぐるりと動き、美夜子を捉えた。
「これ、仙谷さんが使ってる隠れ家だよ。ここならバックドアがあるから、何だってできるよ」
 美夜子はうなずいた。遠藤と大川が組むなんて、どうせそんなことだろうと思っていた。『スノーボールおぢ』のリークが呼び水になったのだろう。仙谷は、自分たちが子供のころによく家に来ていた。お父さんとよく車の話をしていて、色んな装備を買ってくれる太客だったらしい。だとしてもこの業界は弱肉強食で、どんな人間にも悲惨な結末が待っている。仙谷であっても、それは例外じゃない。
 そして、そんな人間が周りを自由に跳ね回る中、紗季は危なっかしいぐらいに仕事熱心だ。大事な妹で、唯一の家族。だからこそ、五年前に約束した。
作品名:Jailbirds 作家名:オオサカタロウ