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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Jailbirds

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 その声は事務所全体に向けられているようで、実際にはジムニーのサイドミラーを持ってきた飯島に向いていた。飯島はくしゃくしゃに曲がった伝票を手に持ったまま、愛想笑いを返した。
「紗季さん、どうもです」
 紗季は口角を上げてうなずくと、ヘッドホンを完全に耳から外した。飯島は音漏れしているのがレディオヘッドのピラミッドソングだと気づき、歯を見せて笑った。音楽の好みは、姉妹で全く異なる。話が合うのは紗季の方で、美夜子が車でかけるトラップやダブステップはあまりにもうるさく、偏頭痛を起こしたことすらあった。だから、美夜子が店のオーディオを操作しているときは、スピーカーからできるだけ体を遠ざけるようにしている。受話器を挟み込んだ美夜子が話しながら目を向けていることに気づき、飯島はサイドミラーが入った段ボール箱をデスクの上に置くと、コンビニの袋を掲げた。
「こっちは差し入れです」
 美夜子が目だけで礼を言い、紗季は袋の中を覗き込んで色とりどりのドロップが入った缶を取り出した。
「わーい、ドロップ。いつもありがと」
 飯島は、美夜子が車体のコーティングについて色々説明する中、紗季と目を合わせた。身長は二人とも百六十センチちょうど。顔は瓜二つなのに、その上に乗る化粧や髪型は全く異なる。美夜子は明るい茶髪で、動きもひとつひとつが大きい。近眼だが眼鏡を拒否するようにまつ毛が長く、ぱっちりと開いた目には大抵カラーコンタクトが入っている。紗季は薄化粧で縁の細いダークグリーンの眼鏡をかけていて、黒髪だ。服は大抵ベージュのカーディガンにブルージーンズ。まるで、コピーした人間をそれぞれ、パリピと陰キャに寄せて仕立てたようだ。
 美夜子が愛想笑いの途中で電話を切り、小さく溜め息をついた。
「変わらんね、人って。相変わらず気が短い人だわ。もうすぐ着くって」
 紗季がわざとらしく手を振ると、飯島に向かって追い払う仕草をした。
「お客さんだ。飯島くん、こんなとこで手伝いしてないで、正業に就きなよ」
 飯島が愛想笑いでごまかすと、紗季はオーディオのリモコンをテーブルから取って、一時停止ボタンを押した。
「真面目な話だよ。姉ちゃんも同意見。美夜子さん、どうぞ」
 美夜子は長いまつげを追い払うように瞬きすると、うなずいた。
「うん、いやマジでさ。二十三の男がこれからってときに。私たちみたいなチンピラのお車代でメシ食ってたら、未来もヘチマもないって」
 美夜子は澱みなく言い終えると、金庫のダイヤル錠をぐるぐる回して開けてから、二万円を取り出した。実際、火の粉はあちこち飛び交っている。一ヶ月前、ダイヤスパーツセンターが廃業した。同業者の中ではかなり大きい部類で、双子姉妹が切り盛りする音無ボデーなど足元にも及ばなかった。時々、小口の案件を回してもらうこともあったし、経営者の大安さんはいい人だった。
『おれたちは、単なるアツアツの鉄板だよ。なんだって均等に焼くだけだ』
 大安さんは口癖のように言っていたが、ある夜、警察官の恰好をした数人に連れ去られ、二日後にドラム缶の中から焼死体で見つかった。喪に服す同業者としては、紗季がサーバーに入り込んでデータベースを丸ごと回収した以外、やましいことはしていない。大安さんには悪いが、これからの営業活動のためには、顧客情報が肝だ。人の客などと言っていられない。実際、紗季は画面を眺めながら『宝の山』だと言っていた。結局のところ、私たちはそういう人間だ。涙を流すときは、止めるタイミングを先に決める。
 紗季はテーブルの上にティッシュを敷くと、ドロップの蓋を開けて中身をガラガラとはじき出した。飯島は紗季の方を向いて、『ヘチマって何?』と口の動きだけで表現した。お金を受け取るために体を向けたとき、前まで歩いてきた美夜子は飯島の手を掴んで開かせると、手の平にそっと二万円を置いた。
「いつでも辞められる仕事だよ。それに、いつまでもは無理だからね」
「はい、ありがたく頂戴します」
 美夜子を目の前にした飯島は瞬きを繰り返しながら俯き、そのやり取りを見ていた紗季は、ティッシュの上に広げたドロップの中から真っ白なひと粒を手に取り、二人の間に差し込んだ。
「姉ちゃん、距離が近ーい」
 美夜子は息を吸い込むのと同時に顔を背けて、大きなくしゃみをした。
「もー、ハッカはやめてって」
 飯島は、紗季が笑ってハッカ味のドロップを口に放り込む様子を見ながら、苦笑いを浮かべた。美夜子はハッカの匂いで必ずくしゃみをするが、紗季にとっては大好物だ。だから、ドロップの差し入れをしたときは、紗季が最初にハッカ味のものを分けて、残りを缶に戻して美夜子に渡す。
 音無姉妹、二十五歳の双子。二人には、筋金入りの犯罪者を震え上がらせるだけの『伝説』がいくつもある。もともとは両親がやっていた稼業で、二人とも十五年前に亡くなった。成人した姉妹が切り盛りするようになって、五年が経つ。美夜子はその五年で、商売敵になりそうな人間を容赦なく殺してきた。初めて人を殺したのは二十歳のときで、紗季曰く、美夜子は銃を持つと目の光が消えて、感情のボリュームがゼロになるらしい。対して、紗季はコンピューター関連の専門家で、セキュリティを簡単に突破して防犯カメラの映像を見たり、ネットショップでもするように個人情報をすいすいと手に入れる。
 飯島自身も同じ業界に身を置いていて、コンピュータ関連は紗季に負けず劣らず得意ではあったが、基本的に全てのスケールが小さかった。押し入れの奥底に押し込まれたブーツ用の大きな靴箱は飯島家に伝わる『アウトローセット』で、中には拳銃と弾が入っているが、今のところ、犯罪者とカタギの合間をできるだけうろついて、整備こそすれど使わずに済むよう立ち回れている。
 クラクションの音が遠くから聞こえてきて、美夜子は紗季の方を向いた。紗季は飯島の顔を見て、呆れたように目をぐるりと回しながら言った。
「来たぜい」
 ソファから立ち上がると、紗季は飯島を代わりに座らせて、ヘッドホンを被せた。オーディオのリモコンを手に取り、再生ボタンを押してボリュームを上げてから、車庫に繋がる無線電話の受話器を持ち上げた。飯島には余計な話は聞かせたくない。妙な場所に居合わせたというだけで、それが命取りになるかもしれないのだ。
「庄内さん、道具だけ持ってきてほしい」
 受話器を置くと、紗季は言われるままに音楽を聴き始めた飯島の後頭部を見下ろした。飯島が『何でも屋』として出入りするようになったのは二年前。六十代半ばにさしかかって身体を壊しがちになった菅野が辞め、従業員が庄内だけになったときだった。片輪がパンクしたグレーのギャランで入ってきて、最初はただの客のように振舞っていたが、本人曰く、その筋の人間だった父親が電話で『おとなし』と言っていたことを覚えていて、ふと看板が目に留まったという。ある意味、口コミだ。犯罪者の世界は広いようで狭い。何しろ、とにかく入口だけは広い業界だ。その代わり、出口は極端に狭い。そして、飯島がそこを無傷で抜けられるとは思えない。ただ、機転が利いて記憶力もいいし、この手の仕事に才能があるのは確かだ。
「飯島くん。取引履歴キレイキレイお願いしてよい?」
作品名:Jailbirds 作家名:オオサカタロウ