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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Duds

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 通話が終わり、おれは血がにじむ側頭部を押さえて笑いながら言った。
「殴らんでよかったんかい」
「おっさん、指示が分かりにくいねん」
 谷川はそう言うと、ナビにゴルフ練習場を登録して、ゼロクラウンを発進させた。しばらくして、島田からメッセージと写真が届いた。
『別店舗で、煙草吸いながら給油してるアホたれがおって、店員が注意したらキレよったらしいんやけど。防犯カメラの写真回ってきて見たら、タカさんやったわ』
 おれは写真を開いた。シルバーのアウディA6の傍で給油ホースを片手に持って、店員二人を相手にくわえ煙草で何かを話している男。確かに、タカさんだ。日付は一週間以上前。助手席から伸びる細長い腕。手首の辺りに巻き付いたブレスレットは、おそらくナナミのものだ。サシで会ったことがあるとは聞いていたが、車でどこに出かけているのだろう。島田はおそらく、ナナミだと気づいていない。もし気づいていたら、この写真自体を送ってこないだろう。
 谷川といびつな位置関係でドライブしていると、島田やコマツだけじゃなく、ナナミですら懐かしく感じる。同時に、自分が今までいかに狭い世界にいたかということも、思い知らされた。地元の外に少し出ただけで、そこにはバーがあって、寒川がいて、警棒を振り回す谷川や、そのボスである杉野がいる。
 真っ白な光を空に放つゴルフ練習場が見えてきて、谷川は言った。
「なんか、杉野にマジで腹立ってきたわ」
「おれの顔を見たら完了ってくだりか?」
 それ自体が不思議な指示だ。おれは準備でフジのところに泊まることもあるし、いないことが分かっていた方が、空き巣に入りやすいということだろうか?
「そんなこと言ってたかな。あかんわ、覚えてられへん」
 谷川はそう言いながらハンドルをぐるぐる回して駐車場に入り、おれを振り返った。
「出てきよるから、後ろで隠れといたらいいわ」
 おれは言われた通りに身を低くして、いつでも飛び出せるようにドアノブの位置を確認した。谷川の言葉は、今のところ信用できない。
「どんな風に受け渡しすんねん?」
 おれが小声で言うと、谷川は笑った。
「いつも通りやったら、助手席に乗ってくる。なんかの映画を参考にしとるらしい」
 そんな都合のいい話があるのだろうかと思っていると、革靴の足音が近づいてきて、助手席のドアが開いた。冷たい空気と一緒になだれ込むように乗ってきた杉野は、小柄な体を丸めて前を向いたまま言った。
「寒い寒い。コーヒーぐらい用意しとけや気が利かんのー」
 おれはヘッドレスト越しに手を伸ばして杉野の首にヘッドロックをかけると、真後ろに体重をかけた。窓に手がぶつかり、杉野は首の隙間に入り込んだおれの手を掴んだが、おれはさらに力を込めて言った。
「お前、テキトーな情報渡してんちゃうぞハゲ」
 谷川が息を呑み、杉野が実際にハゲているかどうかを確かめるような間が流れた。髪は普通に生えている。おれは手を緩めることなく、続けた。
「行きつけのバー行ったけど、安田は二十年来てないって言うとったぞ」
「ま……、まて」
 締まり続ける気道から言葉を絞り出した杉野は、血走った目でおれを見上げた。谷川の方を向くと、洞窟から出てきて五年ぶりに口を開いたような細い声で、言った。
「つれて……きてどない……」
 おれが手を離すと、杉野は咳き込みながら体を前に倒し、息を整えてから谷川に言った。
「谷川……。あのなあ、連れてきてどないすんねん」
 杉野の真後ろからずれると、おれは杉野の顔をまっすぐ見据えた。
「しょうもない計画立てて、ちょろちょろしよって。何が偽物じゃ」
 谷川は、意味は全く分かっていないだろうが、今のところおれの言葉に調子を合わせて小さくうなずいている。杉野はおれと谷川の顔を代わる代わる見て、ヘッドロックされた首が今更痛み出したように手で押さえた。
「谷川、この宇宙人なんとかしてくれや。何を言うてんねん」
 おれが拳を固めると、杉野は戦意など初めからないように両手を上げた。
「猛犬かお前、ちょっと落ち着けや」
 谷川が代わりに落ち着き、おれは固めたままの拳をとりあえずシートの上に置いた。
「タカと何で揉めてんねん」
「タカ? 高柳のことか? あいつとは何も揉めてないぞ」
 杉野はドアノブの位置をちらちらと気にしている。仲間がいない限り、逃げる以外に選択肢がないのは分かる。おれは言った。
「安田は知り合いか?」
「こら宇宙人、話は一個に絞れや」
 そう言ったとき、杉野は首を傾げた。眉毛までその形が歪み、顔の反対側に畳まれるぐらいになったとき、杉野は呟いた。
「安田ぁ? 久々に名前聞いたな。宝石商の奴か? あいつがどないしてん」
「うちの人間に偽物を掴ませたらしいから、探してる」
 口に出してから、自分でも何を言っているのだろうと思った。フジはおれの上司だ。『うちの人間』なんて、そこまで親しい関係じゃない。しかし、どうしても放っておけない。今も散らかった部屋をひっくり返して、指輪を探しているはずだ。杉野は谷川の方を向くと、もじゃもじゃ頭の隙間から連続でデコピンを食らわせた。
「お前は、言われたことも、こなさんと、こんなドアホを、連れて来よってからに、こらっ」
 杉野が言葉を切りながら谷川に一発ずつデコピンを撃つ間、おれは警棒を引き寄せていた。人が嘘をついているか見分けがつくほど、おれには人生経験がない。でも、杉野の態度には、一切のブレがない。杉野は大きくため息をつくと、おれの方を向いた。力ではいくらでもねじ伏せられそうだが、その両目は真っ黒で光がなく、言葉でやり取りをしていては勝ち目がなさそうだ。
「あのな。俺も頼まれとったんや。バーの辺りをうろちょろしとるから、おったら教えてほしいって」 
「誰に?」
 おれが訊くと、杉野は初めて笑った。その表情を見てしまったら終わりだと思ったが、もう遅かった。杉野は自分がようやく主導権を握ったみたいに、歯を見せた。
「この流れで分からん? 高柳に決まっとるやろが」
 おれは左手に持った警棒を振り上げて、杉野の側頭部に叩きつけた。小柄な体が真横にがくんと折れて窓にぶつかり、谷川が悲鳴を上げるために息を吸ったとき、おれは二発目を杉野の眉間に振り下ろした。泥人形の様に折れ曲がった杉野の体を見て、谷川は悲鳴の代わりに息を漏らした。
「はあ……、え? 死んでる?」
「オチとるだけや、こんなんで死なんわ。谷川、降りろ。車を借りたい」
「待てって、おい。どういうこと?」
 谷川は、気絶した杉野とおれの両方から逃れようとするみたいに、体を引きながら言った。おれは警棒から手を離して、息を整えてから言った。
「車を貸してくれ」
「俺はどうやって帰ったらええねん」
「朝までに、ここに必ず返しに来るから。こいつが起きたら、また気絶させてくれ。ケータイはおれが借りる」
 おれが思いつくままに言って杉野のケータイをポケットから抜き、顔に画面をかざして認証を解除したとき、谷川は首を横に振った。
「おいおい……、何をする気やねん」
「まだ言葉にできるほど、うまいこと整理できてない」
作品名:Duds 作家名:オオサカタロウ