小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Duds

INDEX|4ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

「そいつは、フジが嫁とくっつくときに指輪を手配した安田って奴の知り合いでな。どうもその指輪の石は、人工のなんとかいうて、偽物らしいねん」
 コマツが二回うなずき、おれは目を丸くしただけで何も言わなかった。ダイヤの高い指輪だったはずだ。
「それは……、フジさん知ったらヘコみそうですね」
「せやろ。杉野とは別件で軽く揉めてて、ちょっと揺すったらこれよ」
 タカはそう言うと、ビールを飲み干した。ナナミが帰ってきて、席を立とうとしないおれの頬を指でなぞった。
「んー? めっちゃ前見てるなー」
 おれが顔を向けると、ナナミは瞬きをして向かいに座った。おそらく、おれは相当怖い顔をしていたのだろう。単に、フジの指輪というだけじゃない。奥さんの形見だ。コマツは、この話を早くしたかったのだろうか。さっきと違って、その表情は穏やかだ。
「タカさん、カミやんがヤンキーモード入ってるんですけどー」
 そう言うナナミがタカに絡み付いてもコマツの表情が穏やかなのはひっかかる。おれが顔を向けると、コマツが言った。
「安田を探したいねん」
 おれはタカの顔を見た。ナナミがいる手前はっきりしたことは言えないが、そういうことらしい。
「カミやん、やすだを見つけるのだー」
 ナナミがケータイを見つめながら適当に話を合わせて言い、そのまま笑う。甲高い『は』の連打。コマツが小さくため息をつき、タカが言った。
「また詳細送るから、頼まれたってくれや」
 おれはうなずいた。犯罪者じゃないが、ときどきこういう類のことを頼まれるときがある。島田が帰ってきて席順が変わっていることに混乱し、最後に戻ってきたフジがズボンのベルトをゆさゆさと持ち上げながら、さらに混乱した。
「かわいー」
 ナナミが言い、フジは少し照れたみたいな笑顔を浮かべた。おれは顔を逸らせた。形見の指輪が偽物かもしれないのに、気楽なものだ。コマツが露骨に顔をしかめて苦笑いを浮かべたとき、島田がケータイを持ち上げて、そこに全ての要件が詰まっているみたいに言った。
「後輩が刺さったらしくて、ちょっとヘルプ行きたいです」
 島田は、事故を起こすことを『刺さる』と言う。タカが目を丸くして、言った。
「大変やがな、行ったれ。一旦、これで締めよか」
 タカのおごり。もしそうじゃなかったら、おれはここにいる全員に足払いを食わせる。『ごちそうさまです』の応酬が終わって三時間近い宴会からは解放されたが、タカはフジだけを手招きした。おれが顔を向けると、フジはにっこりと笑った。
「おれは健さんともうちょい飲むわ、ほなな。島田くん、安全運転でなー」
 島田がうなずいてのれんをくぐり、コマツとナナミが続いた。嫌な予感がする。タカはフジに、指輪の話をする気かもしれない。おれが助手席に乗ると、島田は言った。
「コマツ夫妻、カミやんの順番でええかな?」
 後部座席にコマツとナナミが座り、島田はメタルの続きを爆音で鳴らしながら、二人をアパートまで送った。ナナミはひとり暮らしをしていて、コマツがでかくてよく喋る番犬代わりに一緒に住んでいる。
「バイパスの下でいいよ。歩くし」
 おれが言うと、島田は笑った。
「バイパスまで行ったら、もうすぐそこやん」
 ローレルが踏切でがくがくと跳ねて、おれはその振動が収まってから言った。
「後輩、刺さってんねやろ? はよ行ったらな」
 島田は首を横に振った。
「いや、あの電話は妹。みんな帰りたそうやったから、テキトーに理由作った」
 おれは笑った。島田は人の機嫌を読み取るのが本当にうまい。オーディオのボタンを何度も押してインフレイムスのデッドエンドを選ぶと、イントロに合わせて小刻みに頭を振りながら島田は続けた。
「コマツがえらい静かやったし。なんかあったんかなと思って」
 それは、おれも気にかかった。フジの指輪の件を誰かに話したかったのかもしれないが、コマツがフジのことで気を揉んだりするのは、正直考えづらい。
「山、戻ろかな」
 島田がぽつりと言い、おれはうなずいた。
「行くか? おれは時間あるで」
 返事の代わりに島田がシフトレバーを三速に落とし、アクセルを踏み込んだ。景色が少しずつ狭まってガードレールに囲われた山道になり、島田はギアを一段落とした。ほとんど誰も通らない山道。S字コーナーを抜けて赤い欄干の橋が見えたら、そこがスタート地点だ。島田はその手前から車体を振るから、橋に差し掛かる頃には後輪から白煙が上がっている。走り屋仲間は、路面状況が読めない橋をスタート地点に選ぶなんて命知らずだと言う。しかし島田は心配無用と言って、いつも笑っている。今日も例外ではなく、車体を左右に振りながら峠道を展望台まで一気に登り切った。おれは酔いが回ってふらふらになりながらベンチに座りこみ、缶コーヒーを二本買った島田がおれに一本を投げた。
「酒、回ったんちゃう?」
「目も回ってる。コーヒーありがと」
 おれは缶コーヒーの蓋を開けた。点々と見える夜景の一部にコマツとナナミがいて、島田の実家があって、タカとフジが飲み続けている居酒屋がある。全体から見たらひとつの夜景でも、近づけば点同士はばらばらだ。おれと島田のこういう遊びも、あと一年で終わる。今まさにしようとしていることだが、おれとコマツは、タカの使い走りを長くしすぎたのかもしれない。
「あれ、見えるか?」
 島田が言い、指差した方向に光る赤いネオンサインを見たおれは、うなずいた。島田は指差すのをやめて、言った。
「おれの妹、あの店でバイト始めてん。ステーキハウス。友達と来いって言うけどな、結構高いんよ」
「社会人なったら行けるってか、そういうのは妹が休みのときに連れてったほうがええやろ」
 おれが言うと、島田は笑いながら首を横に振った。
「いや、自分が働いてる店は行きたくないらしい」
「ほな、おれと行くか? 水はなんぼよ?」
「知らんわ。肉、頼めや」
 店のホームページでステーキの値段を確認した後、アパートまで送ってもらい、部屋に上がり込んだところでようやくケータイを見た。何件かメッセージが届いていて、一件はタカからだが、これは最後まで見たくはない。コマツからは『指輪の話は衝撃やったな、人探し頑張れよ』と来ていて、おれは『フジに言うなよ』返信を送った。しばらくやり取りを眺めていて、気づいた。
 おれが、ひとりでやることになっているのだろうか? この手のことは、大抵コマツがセットだ。タカからのメッセージを開くと、おれの勘は当たっていた。コマツは別のアルバイトで使いたいから、おれが単独でこの『安田』を探さなければならない。杉野経由の情報だと、出没する場所は大体決まっている。それなら自分で捕まえたらいいと思うが、関係者は全員面が割れているから、近づけないらしい。ごもっともな理由だ。やってほしいことは、目隠しをして車のトランクに詰め込み、山奥に連れて行ってビビらせること。安田は色んな人間の恨みを買っていて、この脅し方が一番効くらしい。顔写真を見る限り、少しでも脅せば今までに起きた全ての殺人事件の犯人だと自白しそうだ。こちらとしては、もっと直接的な方が助かるが、上手くいけば報酬は十万。中々の大盤振る舞い。
作品名:Duds 作家名:オオサカタロウ