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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Duds

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 おれはそう言って、島田とフジの頭の隙間に目を向けた。ナナミは何度か、タカとサシで会っている。何も知りたくないが、バイト先の連中や知り合いの知り合いからどうしても情報が流れてくるし、止めるとそいつらとの縁自体が切れてしまうから、相槌を連発してやり過ごすしかない。顔を合わせていないところで他人が何をして何を考えているかなんて、おれからすればどうでもいいことだ。
「ケータイ、充電あんの?」
「十パー、やばーい」
 そう言いながら、ナナミは重そうなブレスレットが通る手で左耳をしきりに触っている。落ちたピアスが気になっているのだろう。おれは座ってからずっと、左のケツが痛い。勘だが、ナナミの耳から落ちたピアスはおれに刺さっている可能性が高い。ナナミはあちこちに触って体にくっついた部品をばらまき、色んな人間を振り向かせようとしている。ほとんどの場合それは成功していて、『話が通じない』島田以外は、全員が興味の対象だ。
 コマツが大げさにため息をついて、スモーク張りの窓から視線を逸らせた。
「カミやん、これはタカさん発信なん?」
「せやな。お前も呼べ言うて、張り切っとったぞ」
 おれが言うと、コマツはしかめ面のまま島田の後頭部を見続けた。いつもなら『なんでやねん』を大声で連発するはずだが、今日は全体的に反応が薄い。ナナミと喧嘩したなら二人とも喧嘩中のテンションになるはずだが、今日はそんな感じでもない。
「まだなんかあんのかな……」
 コマツが呟いて、島田がバックミラー越しに目を向けた。
「タカさんと揉めてんの?」
 フジが助手席で忙しなく手を振って否定し、代わりに言った。
「んなわけない、仲いいよーうちらは。長いからね」
「そうなんですか。いや、コマツなんかいつもと違うから」
 島田はそう言うと、誰かが相槌を打つよりも早くシフトレバーを操作してギアを落とし、赤に変わる寸前で交差点を右折した。会話がそこで止まり、タカが指定した居酒屋が見えた。郊外の、片側一車線の道路。ほとんどはコンビニと田んぼの繰り返しだが、この辺りは居酒屋の入った二階建ての建物が多い。
 島田はローレルを停めると、昇り龍が描かれたのれんを見上げながら顔をしかめた。
「タカさん、この店好きやな」
 集まるのは、だいたいここだ。中に入ると、奥のがらんとした座敷にもうひとつグループがいた。タカはまだ来ていない。こっちを向いた席に座っている奴が、ナナミに視線を向けている。ナナミはおれの顔を見ていて、おれはコマツの顔を見た。同時に、自分の左のケツに刺さっているピアスの破片を抜いて、ナナミに差し出した。
「耳から落ちてたやろ」
「えー、奇跡!」
 再会したピアスを耳に通しているナナミの感動に水を差したくはないから、出所は伏せた。おれはカウンターの後ろにいる店主の沢田に言った。
「タカさんに呼んでもらいました」
「ほんまかいな、ほな奥の席に座っときや」
 沢田が言い、おれ達は座敷から見えにくいテーブル席に案内された。沢田はタカと長い付き合いだから、他の客がいるのをタカが好まないことをよく知っている。五分ぐらい待っていると、タカが入ってきて奥の席に収まった。席はだいたい決まっていて、タカが奥ならその隣がヘッドロックしやすいフジ、下戸でトイレが近い島田、その向かいがおれ、隣がナナミ、奥がコマツと反時計回りに続く。
「おー、フルメンバーやな。外のガラ悪いローレルは島田くんか」
「ちょっと車高上げました」
 島田が塩をつまむような仕草をして、コマツがタカの手元にメニューを差し出した。
「分かっとるっちゅうねん」
 タカは言いながら沢田の方を向いて、ビールを五杯と島田用のジンジャーエールを一杯注文した。こうやって若い人間を相手にしているタカを見ていると、底なしに悪い人間ではないのだろうと思う。おれ達みたいな人間には同類として接するが、島田に対してはきっちり態度を使い分けているし、気に入らないがナナミに対しては『ナナミ専用の態度』がある。ビールが運ばれてきて乾杯が終わり、適当に料理を注文したところでタカは言った。
「ナナミちゃん、えらい派手な格好しとんな」
「えー、これ派手ですかあ?」
 ナナミが全身をくねらせて相槌を打ち、コマツ不在でやり取りが続く。しかしコマツの顔が曇っているのは、これが原因ってことはないはずだ。そのやり取りの中で、島田がおれの方をちらりと見た。『何が起きてるんだ?』という無言の問いかけ。おれは首を横に振った。マジで分からない。タカがナナミとじゃれ合うのをやめて、フジに言った。
「フジもお疲れさん。次は遠いぞ」
「はいっ、健康第一で臨みます」
 フジが歯の浮くような言葉を言うのはいつも通りだが、タカの妙な上機嫌は引っ掛かる。おれが島田の顔を見ると、島田はとん平焼きを一気に口へ頬張りながら肩をすくめた。その様子を見ていたコマツが笑った。
「一気に食うなや」
 島田が反論できないまま目だけで笑って応じ、おれはコマツに言った。
「好きに食わしたれや」
 ナナミがケータイの画面を見ながら耳からの情報だけで笑った。甲高い『は』を連発したような笑い声。その目が右上にぐるりと動き、ナナミは体ごとカウンターを振り返った。
「沢田さぁん、充電したいんですけどー」
 ナナミが言い、沢田がうなずいた。おれの顔を遮るようにケータイを差し出して待っているナナミに、コマツが言った。
「さすがにカウンターからは出てけえへんやろ」
 おれは立ち上がって、ナナミを席から出した。はっきりと結論が出ないことが目の前にあると、何かに力を発散しないと気が済まない。ナナミはカウンターに両肘をついて尻を揺らせながら、沢田にケータイを渡した。座敷から立ち上がったひとりがトイレに向かうときに後ろを通り、その全身を観察した。ナナミが席に戻ってきて、座敷組のひとりがトイレからふらつきながら戻ってきたとき、おれは足を引っかけた。ケータイをずっと見ていたそいつは顔から地面に転倒して画面を粉々に割った。島田が映画で変なシーンが流れたみたいに顔をしかめ、フジが短い首を伸ばした。ナナミは顔を真後ろに向けているが、席の隙間からだとほとんど見えない。コマツも気にしているが、おそらくおれが足を引っかけたことに気づいている。タカは、よく分からないが少しだけビビっているようにも見える。
 座敷組の男はヒビが入ったケータイを抱えたまま立ち上がったが、よろけてカウンターにもたれかかり、音に気づいて駆け付けた仲間に引っ張られて席に戻っていった。おれは通路に顔を出してそいつの目をじっと見ていたが、相手はやがて目を逸らせた。どんな人間にも役割はある。おれがいつも通路側に座るのはそのためだ。
 タカがビールを飲み続け、島田がトイレに行き、座敷組が帰っていった。ナナミのケータイは充電が百パーになって、コマツはそれでも少しだけ顔が曇っている。島田が電話を取って店の外に出て行き、フジとナナミがトイレに立ったところで、タカが言った。
「こないだ、三十年来の連れに会うてや。杉野いう奴で、色々喋っとる中でフジの話になったんやが」
 コマツまでこっちを見ていて、おれは初めて自分が話しかけられていることに気づいた。タカは続けた。
作品名:Duds 作家名:オオサカタロウ