色々な掌編集
学校は夏休みに入っていた。二人部屋だった病室の一人が退院し、私は一人でぼーっと窓から見える青い空、桜の樹とその影の濃さから暑さを想像していた。入院したのは、部活の野球でホームにスライディングした時、キャッチャーのブロックをかいくぐり、タッチに行った腕が倒れ込んだキャッチャーの下になり骨折したのだった。
トントンと軽く戸を叩く音。病室なのでナースが出入りしやすいように、ドアは常に開いており、そのトントンは注意を惹くための合図だった。私は振り向いて、まばゆいばかりに輝く陽に焼けた笑顔と、その手に持っている花束の向日葵に眼がいった。私は立ち上がり、近づいて来る和美の顔をぼーっと見ていた。私服の和美は急に大人になって、そしてずいぶん綺麗になったように思われた。陸上部部活中の和美のことは、その走る姿の美しいことと、少年ぽい印象しかなかったのに。
昔のこと、それも田舎の高校なので、おおっぴらに男女が一緒に並んで帰ったり、もちろん手をつないで歩くなんてこともなかった。和美とはグランド使用の時間や、場所の確認をする部の代表者の集まりで、少し話しをする程度であったが、私は好印象を持っていた。それでもまさか、それも一人で見舞に現れることなど想像していなかった私はしばらくポカーンとしていたのだろうと思う。
「鈴木君、どっかに花びんないかなあ」という和美の言葉に、私は慌てて辺りを見回したが、花びんはなかった。どちらかというと花よりダンゴの母が持ってくるのは、果物やお菓子が多かったし、はなっから女性が花を持って見舞に来るなんて想定外だった。
「あ、じゃあ看護婦さんに聞いてくる」と言って、和美は軽快な足どりで部屋を出て行った。
それから私は、じわじわと湧いてくる嬉しさに、ほっぺを叩いた。そして、野球部の仲間が持ってきたヌード写真の載っている週刊誌を、ベッドサイドの引き出しにしまった。
やがて、少し照れくさそうに和美が入って来た。どうやら花びんを貸して貰えたらしい。その花びんを物入れにもなっている小ささな机のようなものの上に置いた。少し真剣な顔で花の形を調えている和美を私は新鮮な思いで見ていた。
「どう、具合は?」と和美がギプスをした手を見た。
「最初は固定しておけば大丈夫かな、とか言っていたが、後で後遺症があるといけないので手術しましょうということになってね、予定外に長くなってしまった」
私は言い訳のような口調になってしまったが、和美が「そう、心配したんだよー」と言う声を聞いて嬉しくて飛び上がりたい気持ちだった。それからしばらく上の空で何やら会話のようなものをした。