色々な掌編集
ふと間が空いて、和美が来客用の折りたたみ椅子からベッドに腰かけている私の側に並んで座った。シャンプーか石鹸か、あるいはそれに汗の臭いが混じっていたのかもしれない。柔らかさを感じさせる匂いが女を感じさせて、私はどぎまぎしてしまった。
「病室なんて初めてだよ、ふーん、こんなベッドに寝ているんだ」
そういって和美は、そのままベッドに仰向けになった。当然私は和美を見ることになる。走っている時には感じなかった胸の膨らみに、本能のように眼がいって、私は慌てて眼をそらした。(ちょっと大胆すぎはしないか)と思いながら、私はドアの方を見た。
「あ、ごめん」と和美が起き上がる気配がした。
「えっ、何が」と私は、まだ動揺がおさまらないまま聞き返した。
「ここって男の子の部屋のようなもんじゃない? そこで寝そべってしまって」と言って和美は少し恥ずかしそうな笑いをした。その表情にまた私はズキンとした。
「やっぱり男子は、あまりしゃべらないのね」と和美が言った。私は窓の外を見ながら話しだした和美の横顔を見た。長い睫が動くのを不思議な気持ちで見ていた。和美は話を続けた。
「ほら、前にホームルームで男子の発言が少ないという話があったじゃない」
そう言って和美は悪戯ぽい顔で私を見た。そして話を続ける。
「そうしたらさ、鈴木君が『箇条書きのようになら話せる』って言ったのよね。女子が一斉に笑っているのに、男子はきょとんとしてたわね。おかしかったあ」
「なんで、そんなにおかしいんだよ」私は少しふてくされたように言った。
「だって、想像してしまうじゃない。箇条書きの話しあいっていうものを」和美は笑っている。
「上履きの靴のかかとをつぶしてサンダルのように履くのはみっともないと思いますと女子ね。そして男子が、上履きのかかとの件 急いでいる時便利 とか言うのを想像してしまったのよ、おっかしい」
和美の笑い顔は、御見舞にもらった向日葵をずっとずっと大きくしたように思えた。私もつられて笑ったが、それは和美の笑顔が目の前にある嬉しさからだった。
しばらくして「帰るわ」と言って和美が立ち上がった。私はまだ和美と一緒にいたかったのに、ぼーっとした感じの抜けないまま一緒に立ち上がった。
急に色彩の薄れたような病室の中で、黄色い向日葵の花が眩しいくらいに輝いて見えた。和美は1時間もいなかったと思うが、あとで思い出すとすばらしい時間を過ごしたのだということと、すっかり和美を好きになってしまったことを感じた。頭の中に和美が住みついてしまった。そしてそのことと関連して和美の頭の中に自分はどのくらいの割合で入っているのだろうかと思いながら花びんの小さな向日葵を見ていた。