色々な掌編集
見習い中
「せっかくご足労くださいましたのに、申し訳ございません」
見習い中の秘書ナナは慣れない言葉をうまく言えたわと思いながら男を見た。
「だからよう、社長がいなければ専務、常務、偉い順に今いる奴を出せといってんだよ」
どうして受付でこんな男を通してしまったのだろうと思いながら、ナナは応接室の椅子に座っているヤクザ風の男を応対している。
「お差し支えなければ、ご用件をうけたま、たたまり、たいと思いますが」
ありゃ、失敗だと思いながら男を見る。
「おう、たたまろうじゃあないか」と男が言う。その緊張した様子からナナの言葉じりをからかったわけでも無さそうだ。男も見習い中なのだろうとナナは思った。
「ちょ、ちょっとまてよ」と、男はポケットから紙切れを取り出した。何度も取り出して読み直したのか、くしゃくしゃになっている。
「ラジカセ、まだ10年しか使ってない、大事なヤシロアキのテープがからんでしまた」
どうだとばかりに男はナナを見上げた。ナナは10年前私は中学生だわと思った。もうカセットテープなんか化石に近いものに思える。
「承知いたしました。私が確かにうけたわわり、ん? たままり……、伝えておきます」ナナは上手く言えなかったが、相手も相手だし(まあ、こんなもんでいいだろう)と男を見た。
「ヤシロアキ、テープたままり」と言いながら男は、自分がしなければいけないことを忘れかけているようだ。
「たままり、社長伝える」とナナもつられて言う。
男が少し首をかしげ、何かを思い出したように、急に言葉をあらげ「おう、おう、どうしてくれるんだよ」と大きな声をあげた。
ナナも一瞬、自分が何をするのか忘れてしまっていた。真っ白な頭の中から先ほど思い出した中学生の自分がふいに出た。ナナは男の顔に近づき、声のトーンを低くして言った。
「なめたら、あかんぜよ」
男はきょとんとした顔をして、やがて「承知いたたしました。この件につきては、そのようにもしもし伝えます。」
そう言うと、深々とお辞儀をして帰って行った。