色々な掌編集
ああ、あの日のことか。まさか女が落ちているとは思わなかったよ。用心すべきだった。小さい頃道で拾ったチューインガムを食べてお腹をこわしたっけ。何しろ包み紙の印刷がはげて白っぽかったんだから。俺は下を向いて歩くのがクセなんだ。それで色んなものを拾った。上を向いて歩いていたら何も拾えない。まさか飛行機が落ちているって事はないだろう。
俺はパチンコ屋に手持ちの金を全部吸い取られ、下を向いて家に帰る途中だった。途中で「お兄さん、ちょっと」と女の声がするのでその方に顔を向けた。派手な化粧の女が、サービスするから寄っていかないかとピンクのネオンの店を指さす。俺は一文無しだと言うと、金がないなら立ち止まるんじゃないよと言いやがった。俺は惨めな気持でますます肩を丸め、下を向いて歩いていた。 その時だって、もしかしたら誰かが落とした財布を拾うかも知れないと思っていたよ。
小さな飲み屋が並ぶ横町を通るとき、女が落ちていた。かなり酔っているようで、なにか言いながら泣いているんだ。通りかかる人達は知らぬ顔で通り過ぎる。俺は女の側にしゃがみこんだ。抱き起こすと益々泣きじゃくったが、誰か男の名前を言いながら俺にしがみ付いてくる。
俺は女を背負い、私鉄の一駅分歩いて安アパートまで帰った。背中で感じる柔らかい感触が俺を有頂天にさせた。それにしても随分と軽い女でよかった。 唐突に重い女は嫌いだというフレーズが浮かんだ。
重い女は嫌いだよ。
重い女は背負えない。
だっておいらにゃ力がない。
金も未来も何もない。
軽い女はいいもんだ。
頭も身体も軽いんだ。
それがおいらにゃぴったりさ。
どこの誰だかわからない。