色々な掌編集
(夢)あなたの後ろ姿
少し子供っぽい小幅の歩き方で、あなただとわかった。いや、そうではない。あなたとわかって追いかけてきたのだった。少し俯いて歩くその後ろ姿を愛おしく思えた。後ろから抱きしめたい。あのふわっとした柔らかさを思い出す。早く追いつきたい。私はこの怠くて思うように運ばない足を恨めしく思う。
重い!足が重い! まるで水の中を歩いているようだ。水の中? そういえば、くぐもった音と屈折した光も、遠くが見通せない景色も水の中そのものだ。呼吸が苦しい訳でもないのは水中ではないと思わせる。しかし足にかかっている負荷は水の中を歩いている感じそのものだ。
交差点が見えてきた。急に視界が開けたように感じた。自動車の出す音と、幽かな人々の声、音があふれ出す。あなたが立ち止まった。そして、すべての音が止む。あなた以外のすべての物が視界から去った。あんなに強く感じていた足の重さも気にならない。
私が近づいて行くことを知っていたようにあなたが振り向く。ほんの一瞬だけ私の目を見たあなたは、悲しみの表情で「さようなら」と言ってすぐに横を向き、横断歩道を歩き出した。すぐにあなたは人混みの中に溶け込んで消えていった。
私は立ちすくむ。こうなることを、すでに知っていたような気もするが、まるで今初めて知ったような気もする。頭の中でこの「さようなら」は永遠のさよならだと妙に確信を持っている。ほんの数分前に見たあなたの悲しそうな顔と、「さようなら」の言葉だけが頭に残っている。何の証拠も残さない完全犯罪のような出来事。私が否定したら、すべてが消えてしまう短かすぎる別れのシーン。