色々な掌編集
永遠のさよならだと思った筈なのに、私は未練がましくあなたを見つけようと街の中を歩く。あなたの顔を思い出そうとするが、それは曖昧で表情が無い。ただ、あなただと思っている感情だけで成り立っている像が悲しみを送り込んでくる。急に降り出した雨が温かく私を包み込む。おそらく、この雨は私の涙だ。もうあたりは涙涙涙。涙の海を、それでもあなたの姿を探して漂っている。
ゆらゆらと涙の海を漂いながら、あなたと社長との良からぬ噂を私は思い出す。耐えられそうもない嫉妬心が心の中で渦巻いている。海も呼応して渦を巻き、流れを速めてせり上がる。私は渦巻きの中心に居て次第に沈んで行く、深く深く、私は胎児のように丸くなって沈んで行く。
そこは砂漠のようで、柔らかな砂の上で私は胎児から卒業しようとしている。起き上がった私は立ちあがろうとした。しかし固まった膝が動かない。この膝を柔らかくするのは水が必要だと頭に浮かぶ。手の届く所はおろか見渡せる全体が砂ばかりだ。手ですくってみるとまるで水のように指の間からこぼれ落ちる細かい砂。
両手ですくって膝にかけてみるが、固まった膝は動かない。涙……頭に浮かんだ。そうだ涙だ、涙によって膝は動くようになる筈だ。ああ、もう使い果たしてしまったのだろうか、一滴の涙も出ない。涙、涙……一生懸命に私は悲しいことを思い出そうとする。出てこない。沢山あった筈の悲しいことが、とるに足らないことだと知った。つい最近悲しいことがあった筈だ。必死に私は思い出そうとした。
あなたと社長との良からぬ噂を私は思い出す。耐えられそうもない嫉妬心が心の中で渦巻いている。砂が呼応して渦を巻き、竜巻となってせり上がる。私は身を投げ出して竜巻そのものになる。
上へ上へ、私は遙か下界を見下ろす。砂漠はもう見えない。見覚えのある街並みを見下ろす私は、猛禽類の眼になって、あなたを見つけ出す。
私はあなたの後ろを歩いている。少し子供っぽい小幅の歩き方のあなたは、私が後ろを歩いているのを知っているかも知れない。