色々な掌編集
駅
大勢の勤め帰りの人達が川の流れのように改札口に向かっている。私もその流れの一部だった。改札口から出ると、流れは滝壺のように一部が停滞しやがて流れは四散して行く。パチンコ店を目指し歩き始めた私の斜め前を、少し肩を揺らしながら歩く癖があった見覚えのある姿が目についた。私は思わず立ち止まり、その姿が駅に向かって行くのを見ていた。
人の流れに押され、私はバス停の側に押しやられた。「ユキ!」と思わず言葉が漏れる。あの頃と同じショートカットの頭が、そしてお気に入りだと言っていたコート姿。私は人混みをかき分けながらその後を追った。
まるであの日と同じようにユキは、少し怒ったような背中を見せて階段を登って行く。懐かしさとほろ苦さ、後悔とで懐かしい気分のまま後ろを歩いた。
ユキと同じ車両に乗った私は離れた所に立ち、人々の間からさり気なく少し俯き加減で座っているユキの姿を見る。ユキは本を取り出して読み始めた。そして、少し下がったメガネを指で上に上げた。それも見覚えのある仕草だった。その薬指にはシンプルな指輪があった。
私は近寄って言葉をかけるのをためらった。ユキの反応を知りたい。あの素晴らしい笑顔をもう一度みたいと思うのだが、ユキを傷つけたであろう自分が、ユキの反応で傷つくことを恐れているのかもしれない。私は、暗くなり始めた窓の外を見ながらあの頃あの日を思い出す。