色々な掌編集
逆展開浦島太郎
ある村に浦島太郎という老人がいた。
長生きしたせいで友人も親兄弟もあの世にいってしまった。
「うーむ、毎日山ばかり見て暮らすのも飽きた」
太郎爺さんは、もう歳だし二度とここに戻らない覚悟で旅に出ることにした。
あり金かき集め【貯めた箱】に入れ、それを入れた袋を腰に結わいて出発した。
山道を歩いていると後ろから車がやってきて通り過ぎ、停まった。
「町まで行きますけど、乗っていきませんか」
若くてきれいな女性がドアを開けて言った。
太郎爺さんは、吸い込まれるように助手席に乗り込んだ。
「どちらまで行かれますの」
女性は太郎爺さんに亀野姫子という名刺を渡してから行き先を聞いてきた。
「山には飽きたんでなあ、海にでも行こうと思って出て来たんじゃ」
「あら、少し遠いですね」
姫子が少し考えるそぶりをしてから
「この先の町から列車を乗り継いで行くと海に着くのは真夜中になるでしょうね」
そして、さらにいいことを思いついたというように
「私も海に行ってみたくなりましたわ。お爺さん、よかったら私の所に一泊して明日の朝に海に向かいましょうか?」
「えっ、そんな。若い女性のところに」
太郎爺さんが、半分嬉しさを隠しきれない顔で言う。
「あら、そうでしたわね。殿方でらっしゃるんでしたね」
姫子が艶然たる顔をして殿方なんていう言葉を使うものだから、太郎爺さんも、もしかしたらまだ男としての魅力があるのかもしれぬなどと思い、紳士風の声を出して
「いいのかね」と言った。