色々な掌編集
Times goes bye
別に新入社員が入ったらどうにかしようと思っていたわけでは無かった。しかし、声を聞いた時に(あ、好きな声だ)と僕は思った。
その頃、ただ街をぶらぶらして、お茶を飲んで他愛ない話をするだけの女性と、もう会わないことに決めたあとだった。彼女はその日、
「私たちの関係って何?」
と聞いてきた。私はすぐに答えは出せなかった。ちょっと間をおいて、
「友達、か、な?」
と曖昧な返事をすると、彼女は失望したような顔をした。僕は、彼女自身が僕に何を求めているのか解らなかった。彼女は自分で意思決定しないで、相手任せで嬉しかったら喜ぶ、気に入らないと暗い顔をする女性だった。僕を好きだという信号は、彼女から何も感じられなかったし、その日、デートとも言えないようなことを終えた時、僕はもうおしまいにしようと思ったのだった。そして当然のように、彼女からは何も言ってこなかった。
要するに、そんな僕の心の空席に英美はすうっと座ってしまった感じがする。同じ方向に帰るので、一緒に電車を待っている間に話しただけでなんだか、昔から知っているような気になってしまったのだ。
声も好きだったが、少し話をしただけで、食べるものから、音楽など「ああ、同じだあ」と両方で言って笑いあった。誕生日を聞いてみて、二日しか違わないこともわかった。僕は身体の中が暖かいもの満たされたような気分だった。
会社が退けたあと、英美とは毎日のように街を歩いた。最初に喫茶店で向き合って話しているときに、もう僕には英美の瞳は輝いていて見えて、
「眼がきれいだね」
と、僕が生まれて初めて使ったであろう言葉に自分でもびっくりしていると、英美も少し照れながら、
「そうお、小さいしあんまり自信がなかったけれど」
と言って、何かを言おうとして言葉が出てこない様子のまま手元のコーヒーカップを手にとって飲んだ。言葉になってはいなかったけれど、英美が僕を好いていてくれていることを感じとった。声が先で、2番目に波長が合うこと、そしてまぬけなことに3番目に、僕は英美が整った顔立ちであることに気づいてどんどん好きになっていった。
街の中では英美はごく自然に、僕の腕につかまって歩いた。ちいさな会社ではもう公認の仲になっていて、どうどうと付き合っていた。それでもお互いに付き合いというものがあり、会えない日には昼休みや休憩時間に連絡しあった。
休日にしばらく会えない日が続くと、お互いに相手を傷つけないようにと考えすぎて、どうしても外せない予定だと嘘を言うこともあった。それは同じ波長同士なのですぐに嘘と解ってしまうが、それで二人の仲がおかしくなるようなこともなかった。
僕の部屋に居ると落ち着くと英美は言った。そして僕にぴったり寄り添って音楽を聞いたり、軽くキスをしたりする。それだけで僕はもう幸せと思ったのに、少しずつ慣れてしまって、夫婦みたいになってしまうのは当然の結果かも知れない。