色々な掌編集
走る女
原宿の駅前にある喫茶店で僕とミキが向かい合っている。
「ねえ、私たちの関係って何?」とミキが真剣な顔で言った。
僕は咄嗟に答えることが出来ず、目の前にあるコーヒーを飲んだ。ミキの視線を感じながら。それから「まだ分からないよ」と僕はぼそっと言った。
「私が誘うと付き合ってくれるけど、ヒデから誘ってくれることってないじゃない」ミキは少しずつ悲しみと怒りの混じった表情になってきた。
実際、ミキのいう通り、僕から誘えばミキは喜ぶのだろう。それをしなかった僕は反省すべきところだ。でも僕は、ある日突然「結婚を前提におつき合いさせて下さい」などと告白するなんて、おかしいと思っている。そして、僕が誘う前にミキから連絡が来るのだから。
だから何回かデートをしているうちに自然に大好きになったり、どっか違うかなあなんて思い、徐々に遠ざかって行くかしかないと思っていた。現実はそんな悠長なことを考える間もなく、繁華街などを歩くときはミキの方から手をつないだり、僕の腕にすがって歩いていた。もう恋人と言ってもいいかもしれない。もうキスもしたのだから。
僕のポケットの中の携帯が振動した。ミキと話中なので一瞬迷ったが、それを取り出して妹からのメールだと確認して、しまおうとしたその時、ミキが「ヒデの指、きれいね」と言った。
僕はミキの方を見た。ミキは微笑みながら私の指に触り、そして僕の携帯を掴み取ると、すぐに立ち上がり走り出した。僕があっけにとられている間にミキは外に出てしまった。店内にいる何人かの好奇の視線が僕を向いている。僕はたいしたことではないよというように伝票を持つとレジに向かった。
さあ、どうしようかと僕は考えて、とにかく携帯が無いというのは不便なのでそれを取り返すことを考えた。
駅の構内でやっと公衆電話を見つけ、自分の携帯に電話する。とっさに番号が出てこなかった。落ち着け、と自分を叱り、どうにか思い出してボタンを押す。出るのはミキしかいないだろうと「ミキ」と呼びかけた。
「そうよ」ちょっと間があってミキの声が聞こえた。
「今どこにいる。携帯の中見たのか?」
おそらく、ミキに対して初めて怒った口調でものを言ったような気がした。
「あら、その言い方いいよ。男っぽくて見直したわ」
ミキの声はふざけているわけでもなく本当に僕の別な面を知ったように聞こえた。でも、そんなことはどうでもいいことだった。
「人の携帯をのぞき見る、そんな女ではないわ。見てないよ。ただじれったくて意地悪したくなったの」
駅のアナウンスの声と電車の音と一緒にミキの声が聞こえる。駅のホームにいるのだろう。
「じゃあ、返してくれ、今どこにいる?」まだ怒った口調のまま僕は言う。
「わかった。山手線渋谷方面行きホーム、真ん中あたりね」
ミキは意外と素直な声でそう言った。
階段を駆け上がると、ミキの姿が見えた。そして、ちょうど電車が到着した所だった。ミキが乗り込む姿が見えた。追いつこうと思うが降りる客が多くて近づけない。とりあえず近くの車両に乗り込んだ。
扉が閉まり、電車が動き出した。僕はミキの姿を探す。ミキも僕の様子をうかがっていたのだろう、こちらを見ているのが見えた。同じ車両の前方のドアの前だ。僕はわずかに空いている乗客の間をすりぬけ、ミキのほうに向かった。
ミキはそんな僕の姿を見て、車両間のドアを引き開け前の車両に移っていった。
「な、何を。ちっ! そんな素直な奴じゃなかった」
僕も車両間のドアを開けてミキのあとを追った。ちらっと僕を不審そうに見る者もいたような気がするが、僕の目はミキを追っている。ミキはさらに前の車両に移るところだった。もう、乗りかかった船だ、行くしかないと思った。
ミキを追ってさらに一車両移動した時、車内アナウンンスが渋谷駅に到着することをつげている。ミキは僕をどこに連れて行こうというのか。単に意地悪にしてはしつこい。でも僕は、何故か少し昂揚しているのを感じた。