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忌み名

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「緊急避難」
 などと呼ばれるものの一つの、
「緊急避難」
 にあたる。
 二人乗りのボートに3人が来た時、3人だと全滅する場合に、2人が助かるというために、一人が犠牲になった場合、後の二人が、もう一人を見殺しにしたとしても、無罪であるというものだ。
 確かに、それは仕方のないことだろう。
「人を犠牲にしないと、自分が助からないのであれば、その人を責めることはできない。それは、少しでも良心があるのであれば、自分が同じ立場になった時を考えたり、何よりも、その人は、これから一生、自分が人を犠牲にしてまで生き残ったということをトラウマにしながら生き続けなければいけない。これは下手をすれば、死ぬことよりもつらいといわれることなのかも知れない」
 と考えられるのだ。
 事件としては、単純なものだった。だが、人それぞれの気持ちには歯止めが利かないのだろう。
 犯人は、誠一だった。もちろん、目的は復讐。
 真相は分からないが、誠一としては、つぐみが許せなかった。ひょっとすると、
「私はあなたの主人なのよ」
 などということを言ったかも知れない。
 だからと言って、こんな状況になったら、もう主人だろうが、従者だろうが関係ない。そういって、つばさが、助かろうと思えばできたはずだ。
 しかし敢えてそれをせず、結果的につむぎは生き残った。
 にも関わらず、表から見ていて、彼女に、
「つばさの犠牲のもとで自分が生きている」
 という気持ちはなさそうだった。
 どちらかというと、
「あの時のことは、早く忘れたい」
 とまわりに話しているという。
 気持ちは分からなくはないが、どうしても、自分の家が従者という立場で、どうやっても、逃れることのできないことだと思うと、どこかで、この因縁を断ち切らなければと思うようになった。
 そうなると、憎しみは増加するだけだった。
「つむぎを殺そう」
 と思ったのは、その時だった。
「恐ろしい呪縛というものから逃れるためには、どこかで呪縛の綱をぶち切るしかない。そのために、自分が殺人犯で捕まったとしても、それが、妹の供養になるのであれば、それでいいのだ」
 と考えた。
 つむぎに対しては一切の恨みはない。ただ、黙って見ているだけだった彼女は無理もないことなのだが、だが、妹の命を背負って生きていくには、自覚が足りない。
 なによりも、誠一には、
「自分の人生を諦めているようにしか見えない」
 と感じたことだった。
 それが悔しかった。
 だから、殺すつもりはなかったし、反省を促すことができればいいと思ったに違いなかった。
 そもそも、つむぎの件がなければ、事件はもっと複雑になっていただろうが、誠一にはもうよかった。逃げる気もないし、ここで捕まっても、別にいいと思っている。
 もう、つぐみも恨んではいない。これからは、自分が供養をしてやろうとすら思っている。
 だから、警察に捕まることは、問題ではなかった。
 彼にとっての目的は達成されたのだ。
 だが、警察がどうしてこの事件で、誠一を怪しいと思ったのか?
 それは、
「犯行にナイフが使われていなかった」
 ということだった。
 誠一は、最近新興宗教に入信していた。もちろん、妹の供養のために入信したのだったが、その宗教では、
「血というものを露骨に見ることを意味嫌い。血が交わることも本当は問題だと思っている。ただ、輸血などのやむを得ない時はしょうがないというような新興宗教だったのである」
 だから、ナイフなどで血が噴き出すことはできなかった。つむぎにしても、睡眠薬よりも、ナイフか何かで、軽く傷つけるだけでよかっただろう。
 それをなぜしないのかということを考えることで、警察も分かったのだ。
 ちなみに、つむぎという源氏名だが、あの事故の後、つむぎは供養のつもりでつぐみと同じ呪縛を感じていくというつもりで、似た名前をつけたのだった。
「つぐみ」
 と、
「つむぎ」
 それぞれに、忌み名だったというわけだ。
 つまりは、
「神に対して身を清め、汚れを避けて慎む」
 という意味の供養だったのだった……。

                 (  完  )
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作品名:忌み名 作家名:森本晃次