さよなら、カノン
縁側に足を投げ出して座っているカノン
カノンの腫れた左頬には冷却シートが貼られている
リビングではヘッドフォンを被りテレビに向かって知育玩具で遊ぶカノン
流し台のシンクは夕食の食器が洗われずにそのまま
ダイニングテーブルでは実穂子はひとりどんよりとして座っている
テーブルの上には底にわずかに残ったワイングラスと白ワインの空き瓶
正樹 「帰ったよ」
戸外から聴こえる正樹の声に我に帰る実穂子
カノン 「おかえり、パパ」
縁側のカノンに気づく正樹
正樹 「ただいま、カノン。いい子にしてたか」
カノンの腫れた左頬を見てとる正樹
正樹 「どうした? そのほっぺた」
カノンを連れて血相を変えて玄関から室内の飛びこんでくる正樹
空のボトルをゴミ箱に捨て身なりを繕う実穂子
実穂子 「おかえりなさい」
正樹 「どうした? 何があった?」
実穂子 「何が、って?」
正樹 「カノンのほっぺた。ひどい腫れようじゃないか」
実穂子 「ああ・・・」
正樹 「ああ、じゃない」
実穂子 「ぶったのよ」
正樹 「ぶった? なんで?」
実穂子 「この子が言うことをきかなかったから」
正樹 「言うことを、って・・・それにしても・・・」
カノンをダイニングテーブルの椅子に座らせる正樹
正樹 「強く当たりすぎじゃないか、実穂子」
実穂子 「だって・・・」
正樹 「・・・」
実穂子 「あたしのカノンは、ほら、あそこにいる」
リビングのテレビのほうを指す実穂子
リビングをちらりと見る正樹
正樹 「実穂子、もうよしてくれないか(呆れる)」
充電スタンドに立ててある実穂子のスマートフォンからメール着信音が鳴る
発信者名”横浜ジーンセンター”を見てとる実穂子
メールを開く実穂子
“件名 検査結果”
”本文 99.99% 被験者Aと被験者BのDNAを比較検査した結果、両者が母子である確率は99.99% 一般的には母と娘の関係が認められます”
メールを読みながら目頭が熱くなる実穂子
実穂子 「カノン、いらっしゃい」
リビングのカノンを呼び寄せる実穂子
実穂子の元に駆け寄るカノン
カノンの頭を撫でダイニングの椅子にカノンを座らせる実穂子
笑みが止まらない実穂子
正樹 「誰からだ?」
スマートフォンをテーブルに置き呟く実穂子
実穂子 「要らない」
正樹 「えっ? 何?」
正樹に歩み寄る実穂子
正樹の傍らにいるカノンに向かって言い放つ実穂子
実穂子 「あんたはカノンじゃない」
カノン 「ママ・・・」
実穂子 「あの子がカノン。あんたはあの子と全然違う」
実穂子の言動を解せない正樹
正樹 「実穂子、どうした? 落ち着け」
実穂子 「パパ、お願い。この子を警察に返してきて」
正樹 「バ、バカ言うな」
実穂子 「警察にこの子を返して、家に帰ってきたら目の前にカノンがいるから」
正樹 「本気で言ってるのか、実穂子」
泣きそうになるカノン
実穂子 「そうなったらあんたは要らない子」
正樹 「実穂子、カノンに触るな」
カノンの肩を鷲掴みする実穂子
実穂子 「いますぐ出ていきなさい。あんたは要らない・・・」
正樹 「いい加減にしろ」
実穂子の頬を平手打ちする正樹
頬を押さえ乱れた髪の隙間から正樹を睨む実穂子
声にならない泣き声をあげて泣くカノン
実穂子に手をあげたことを悔やみつつカノンを抱きあげる正樹
正樹 「よしよし(あやしながら)泣けるよな。ママちょっとおかしいね。ママの言ったこと気にしなくていいぞ。そうだ、今夜はパパと寝ような」
一方、カノンを抱いて階段を駆けあがる実穂子
正樹 「実穂子」
正樹が呼び止めるのも聞かず寝室のドアを閉ざす実穂子