さよなら、カノン
#9. 要らない子
森に囲まれた石段を降りる藤原と青木
立ち止まってペットボトルの水をごくごく飲む青木
ハンカチで顔の汗を拭った後、団扇で首まわりに風を送る藤原
青木 「きっついっすね」
藤原 「革靴で登るもんじゃないな」
青木 「もう膝ががくがく。いい運動になります」
藤原 「ところで青木、あれ持ってるな」
青木 「はい、ちゃんと持ってます」
スーツのポケットからジップロックを取りだす青木
ジップロックの中には葉っぱのついた小枝が入っている
青木 「この葉っぱとカノンちゃんの髪の毛に付着していた植物片が一致する、とみているんですね」
藤原 「鑑識の見立てはそうだ」
青木 「なら鑑識さんが採取に来ればいいのに」
藤原 「俺が志願した。もし一致するならカノンちゃんがあの神社にいたことになる。だとしたら現場を見ておくのは刑事の務め」
青木 「課長はカノンちゃんがあの神社に2年間もいたとお考えですか」
藤原 「それは考えづらいな。常駐ではないが宮司もいるし秋には例大祭もあって賑やかになる。2年間も人目につかずに匿うのは不可能だ」
再び石段を降り始める藤原と青木
青木 「ですよね。失踪直後わたしあの神社の捜索に関わりましたから。でも当時は発見することができなかった」
藤原 「犯人がどこか他の場所に監禁なり軟禁していて、面倒見切れなくなって置き去りにしたんだろう、きっと」
青木 「でも課長、置き去りにするのにわざわざきっつい登山をしますかね。それこそ人目につきませんか」
藤原 「そこなんだよな。その辺が謎だ」
青木 「謎といえば龍神さんて呼ばれてるのに、稲荷神社なのも不思議」
藤原 「その辺の経緯は俺もわからん。龍神さん、以前は別の場所にあったの、青木は知ってるよな」
青木 「え、そうなんですか。初耳です」
藤原 「そうか。若い奴は知らないか」
再び顔の汗を拭う藤原
藤原 「通称龍神さん。正式名称は龍尾稲荷神社。龍神さんは元々神楽山にあった。それがダムが建設される計画が持ちあがり、ひと悶着あってこの浅葉山の山中に移築された。俺が生まれる前の話な」
青木 「それは知りませんでした」
藤原 「それで神楽山からこっちに移築される際に、境内にあった桜の木を何本か持ってきて植えたそうだ。鑑識によるとそれが非常に珍しい種類の桜らしい」
ジップロックを再び取りだす青木
青木 「これが・・・」
藤原 「葉っぱじゃわからんな」
青木 「ということは課長、カノンちゃんが神社に置き去りにされた後、このくっそ長い石段をトボトボと降りて・・・」
石の階段を降りきって参道口に建っている小さな鳥居をくぐる藤原と青木
道路脇の歩道をしばらく歩く藤原と青木
藤原 「そしてあの場所で力尽きた」
前方に見える龍神口のバスロータリーを指さす藤原