さよなら、カノン
#7. ヒーラーの言葉
乗客がまばらな私鉄の電車内
ベロア調素材のベンチシートにカノン、実穂子、カノンが座っている
対面の座席に上品な婦人が腰掛けている
婦人は細い金縁眼鏡をかけ羽根のついた帽子を被っている
婦人を不思議そうに見据えるカノンとカノン
車窓は戸建が林立する住宅街からマンションなどのビル群に変わる
やがて都心のターミナル駅に到着する電車
カノンとカノンを引き連れてターミナル駅の街に降りたつ実穂子
スマートフォンの地図を見ながらとあるビルの入口まで歩を進める実穂子たち
ビルの袖看板に”向坂メンタルクリニック”の文字
エレベーターのドアが開きフロアに降りる実穂子たち
短い通路を挟んで観音開きのガラス扉が開いている
広めの待合室はシックな色調の長椅子や壁面装飾で統一されている
ガラス扉に医院名がレタリングされているのを確認して待合室に入る実穂子たち
数名の患者と思しき男女が距離をとって長椅子に掛けている
待合室の隅に子どもを遊ばせるプレイロットが設けてある
プレイロットでは幼稚園女児がひとりで玩具遊びをしている
受付に進む実穂子
容姿端麗な受付事務員に気後れしながら受診を申し出る実穂子
実穂子 「あの、電話で予約した吉川です」
事務員 「吉川様、お待ちしておりました。お呼びしますので掛けてお待ちください」
長椅子の腰掛ける実穂子たち
プレイロットに興味を示すカノン
実穂子 「すぐだから待ってなさい」
もじもじしながら再び実穂子に催促するカノン
実穂子 「(しばらく考えて)行ってもいいけど静かに・・・」
実穂子の言葉の途中でプレイロットに駆けだすカノン
棚に陳列されている玩具を物色するカノン
幼稚園女児が手に持っているユニコーンフィギュアに興味を示すカノン
事務員 「吉川様、面談室へどうぞ」
事務員が傍らに立ち面談室のドアを少し開ける
カノンとともに面談室に入る実穂子
大きな窓と観葉植物
マホガニーのデスクの後ろにロマンスグレイの精神科医向坂が座っている
向坂 「吉川さん。吉川実穂子さんですね」
実穂子 「はい」
向坂 「どうぞお掛けになってください」
二人掛けの高級ソファに掛ける実穂子とカノン
席を立ってソファに近いスツールに腰掛ける向坂
向坂 「吉川さんのご主人とは私が産業医をしていた頃に何度かお会いしました」
実穂子 「そうなんですか」
向坂 「そのご主人からお電話いただきまして、おおよそのお話はお伺いしました」
実穂子 「はあ」
向坂 「お辛い思いをされたようで・・・」
実穂子 「過去の話はいいんです」
面談室のドアの向こう側から女児の”返して”という声がする
女児の声に一瞬気をとられる実穂子
向坂 「どうかされましたか」
実穂子 「この子(カノンの頭に手を置く)のほかにもうひとり子どもがいるんです」
向坂 「(少し驚いて)たしかお子様はおひとりだと聞いてますが」
実穂子 「この子と姿も背丈もそっくりなもうひとりのカノンが」
スツールを離れてデスクの書類に視線を落とす向坂
向坂 「世の中には自分にそっくりな存在が別にもうひとりはいるといわれています。その存在に不幸にして偶然出会ってしまうことを超常現象の界隈ではドッペルゲンガーと呼んでいる。医者の立場から言えばそれは幻視の一種として片が付くのですが・・・」
実穂子 「そういうのじゃないんです」
向坂 「・・・といいますと」
面談室のドアを開け放つ実穂子
プレイロットで幼稚園女児とカノンがユニコーンフィギュアを取り合っている
実穂子 「先生、子どもがいるの、見えるでしょ」
実穂子が指し示すプレイロットを確認する向坂
向坂 「ええ、お嬢ちゃんがひとり・・・」
実穂子 「ふたりいるでしょ」
向坂 「いえ、巻き毛の女の子がひとり、ユニコーンで・・・」
様子を見にきた事務員にも尋ねる実穂子
実穂子 「あなた、見えるでしょ。ふたりいるの」
事務員 「(戸惑いつつ)お遊びなさっているのは・・・おひとりかと・・・」
実穂子 「なんで? なんで見えないの?」
向坂と事務員に食って掛かる実穂子
長椅子で診察を待っている数人の男女の視線が実穂子に集まる
プレイロットでは幼稚園女児が泣きだす
高級ソファでおとなしく座るカノンの手を引き面談室を出る実穂子
待合室を大股で横切りプレイロットでユニコーンを手にして笑顔のカノンを叱る実穂子
実穂子 「返しなさい」
カノン 「やだ」
実穂子 「返してあげなさい」
無理やりカノンの手からユニコーンを奪う実穂子
幼稚園女児に”ごめんなさい”と小声で言ってユニコーンを返す実穂子
半べそをかいて座りこむカノンの手を引っ張って立たせる実穂子
実穂子 「帰るわよ」
事務員 「吉川さん、お会計が・・・」
事務員の言葉を無視してクリニックを出ていく実穂子たち
無人のエレベーターに乗り行先階の1を押す実穂子