さよなら、カノン
玄関チャイムが鳴り鍵を回す音とともに正樹が帰ってくる
キッチンの小さな手元照明だけが灯る薄暗いダイニング
正樹 「(暗い室内に向かって小さく)ただいま」
ダイニングテーブルに突っ伏していた実穂子が正樹に気づく
実穂子 「(突っ伏したまま力なく)あ、パパおかえりなさい」
正樹 「はい、お土産。どうした、実穂子?」
ダイニングの照明をつけテーブルに高級菓子店の紙バッグを置く正樹
実穂子はバスローブのままで髪は濡れている
実穂子 「パパ、悪いんだけどあたしの部屋に行ってナイトガウン取ってきてくださらないかしら?」
正樹 「ああ」
階段を数段あがったときリビングのソファで眠るカノンを見つける正樹
正樹 「おい実穂子、どうしてカノン、ソファで寝てるんだ?」
実穂子 「ちょっと湯あたりして、休ませてるの」
正樹 「そうか・・・」
ガウンを持って階下に降りてくる正樹
実穂子 「あたしの部屋に誰かいた?」
正樹 「えっ?」
実穂子 「ベッドの上に」
正樹 「い、いや、誰も」
実穂子 「・・・そう・・・」
正樹 「なんでそんなおかしなこと訊くんだ?」
ガウンを実穂子に手渡す正樹
正樹 「それより喜べ。明日から暫く出張はなしだ。定時に帰れる。社長に掛け合った」
ガウンを羽織りながら
実穂子 「見えないのね、パパも」
リビングのカノンに寄り添い実穂子の声が聴こえない正樹
実穂子 「どうして見えないの? なんで?」
正樹 「えっ? 何だって?」
実穂子 「マー君には見えていてほしかった」
久しぶりに愛称を呼ばれてギグっとする正樹
正樹 「何の話だ?」
実穂子 「あたしが見ているものと同じものをあなたには、あなたにだけは見えていてほしかった」
正樹 「見えるとか見えないとか、さっぱりわからない。カノンはここにいるじゃないか」
実穂子 「・・・そうね。あたしが、どうかしてるの・・・」
正樹 「実穂子、何があった? 話してくれ」
正樹に近寄る実穂子
実穂子 「あたしね・・・この子を死なせるところだったの」
正樹 「えっ?(驚愕する)」