さよなら、カノン
晩夏の夕陽が吉川宅に屋根に照りかえる
吉川宅の駐車スペースに黄色いサーブが停まる
数個の買い物袋を提げて玄関ドアを開ける実穂子
先に靴を脱ぐカノンに実穂子が言う
実穂子 「ママのお部屋に行ってお洋服着替えなさい」
カノン 「はい」
階段を駆けあがるカノン
実穂子が複数の紙袋を床に置き靴を脱ごうとしたとき物置小屋のほうで物が倒れる音がする
ハッと気づく実穂子
小屋に駆け寄って解錠し戸を開ける実穂子
三輪車にもたれかかってぐったりしているカノン
急に差しこんだ外光に目を細めるカノン
光のなかに人の気配を感じて薄目を見るカノン
逆光に実穂子のシルエットがぼんやり浮かぶ
カノン 「ママ・・・」
とろんとした目が落ちくぼんでいるカノン
カノンの額に手をあてる実穂子
実穂子 「熱い」
カノンを抱きあげて家に戻りソファに寝かせる実穂子
子ども用のコップに冷水を注ぎカノンの口に含ませる実穂子
冷却シートをカノンの額に貼りサーキュレーターをソファに向ける実穂子
絞りだすように実穂子に訴えかけるカノン
カノン 「ママ、ごめんなさい」
実穂子 「喋らなくていい」
カノン 「ママ、ごめんなさい」
実穂子 「何がごめんなさいなの?」
カノン 「カノン、勝手に車からでちゃった」
実穂子 「(呟くように)2年も前のこと・・・」
カノン 「(か細い声で)勝手に車から降りちゃったの。ママごめんなさい」
カノンの声がかすれて途切れる
ハッと気づいて階段を駆けあがる実穂子
実穂子のベッドの上にフリルのついた洋服が脱ぎ散らかされている
洋服の傍らに下着姿のままで寝落ちしているカノン
履いたままの靴下を脱がせてカノンの腰まで布団を被せる実穂子
カノンは深い眠りに落ちている
汚れた靴下を持って階段を降りる実穂子
充電スタンドに立ててあるスマートフォンを手に取る実穂子
福住を呼び出しながら靴下を脱衣室の洗濯かごに投げる実穂子
電話が福住に繋がる
実穂子 「福住さん?」
福住 「吉川さん。あ、カノンちゃん元気にされてますか」
実穂子 「カノンは元気です。でも・・・」
福住 「どうかしました?」
実穂子 「あの、お話ししたいことが・・・」
福住 「何でも仰ってください。聞きますよ」
実穂子 「あの、電話ではうまく・・・」
福住 「そ、そうですよね。伺います、明日にでも」
実穂子 「すみません。よろしくお願いします」
通話が終了する
リビングのソファで目を閉じて眠りについているカノン
カノンの額の冷却シートを貼りかえる実穂子
胸元までずり落ちたタオルケットをカノンに掛け直す実穂子