さよなら、カノン
#1.プロローグ
体育館の床面を機械式の専用モップが清掃する
電源コードがドラムに巻き取られる
無人になった体育館の照明が一斉に落とされる
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
暗闇を移動する微かな二つの光
車のヘッドライトが道沿いにぽつんと建つ無人販売所をかすめる
夜の県道を走行する車のハンドルを握る吉川実穂子
ニュースが終わり軽妙なトークが始まるラジオを切る実穂子
里山を滑らかに蛇行する県道を走行する車
ヘッドライトは山裾を切り拓いたバスロータリーを照らしだす
バスロータリーの奥まった場所に粗末なベンチがあるバス停
申し訳程度に灯る街灯がベンチの屋根の端でチラつく
バス停の表示板は「龍神口」
バスロータリーの前を反対車線を走行し通り過ぎる車
急ブレーキをかけ道路脇に停まる車
バスロータリーを見ながら車を降りる実穂子
バス停のベンチが見える所まで駆け戻る実穂子
ベンチに目を凝らす実穂子
ベンチに伏して倒れている少女に気色ばむ実穂子
泥に汚れたピンク色の靴を履いた足が地面から浮いている
実穂子 「(呟くように)カノン・・・」
県道を走るトラックが実穂子の視界を遮る
ベンチを見据え前のめりになる実穂子
クラクションを鳴らし走り去る車をやり過ごして県道を横断する実穂子
クラクションの音に目覚め薄目をあける吉川カノン
ベンチに手をつき上体を起こすカノン
自分の名前を呼ぶ声が聴こえた気がして車道のほうに顔を向けるカノン
判然としない薄暗い景色
淡い光の中に朧気に浮かぶ実穂子の立ち姿
実穂子 「(絶叫するように)カノン」
その声に目をこすりながら声を発しようとするが声にならないカノン
カノンの唇が”マ、マ・・・”と動く