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さよなら、カノン

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正樹  「実穂子・・・。実穂子・・・」

自分の名前を呼ぶ正樹の声が徐々に大きくなって聴こえる実穂子
意識を取り戻すとダイニングの椅子に座らされている実穂子
隣で実穂子の手を握っている正樹

正樹  「大丈夫かい、実穂子」
実穂子 「(正樹の手を握り返して)大丈夫。ごめんなさい」
正樹  「疲れてるんだ、きっと。いろいろあったから」
実穂子 「そうね。ちょっと考えすぎたかも」

吉川宅前に停まっているハイエース
開け放たれた玄関を見る実穂子
敷石と雑草が見えるだけで人影はない
ソファでテレビを見ているカノンを見る実穂子

正樹  「実穂子、本当にすまないが現場に戻らないといけない」
実穂子 「なんで? (納得いかない)カノンが・・・(ソファのカノンを見る)」
正樹  「カノンが帰ってきた。一緒にいてやりたいのはやまやまだけど、どうしても僕が行かないといけない仕事があるんだ」
実穂子 「・・・」
正樹  「明日の夜には戻ってくる。それまでカノンを頼む」

ダイニングテーブルに手をついて席を立つ正樹

正樹  「あ、そうだ。ホットケーキ焼いといた。材料がキッチンに出てたから。カノンの好物だろ」

重ねたホットケーキがのる皿をダイニングテーブルに運ぶ正樹
ホットケーキは何枚か焦げている

実穂子 「ありがとう。(カノンに)カノン、こっちへいらっしゃい。パパがホットケーチ焼いてくれたって」

ソファを離れダイニングテーブルのハイチェアによじのぼるカノン

正樹  「もう行かないと」
実穂子 「(正樹の手に触れて)パパ、出かける前にカノンをハグしてあげて」
正樹  「うん」

玄関に向かって歩きだす正樹

実穂子 「パパ、どこ行くの?」

スニーカーの踵を踏んだまま前庭に消える正樹
”ホットケーチ”と言い喜々として皿を見つめるカノン
”ちょっと待ってね”と言って席を立つ実穂子
立ち眩みを我慢して玄関に向かう実穂子
門扉を開ける正樹が見える
庭の縁側に向かって軽く手を振っている正樹
正樹の行動を不思議に思いサンダルを履いて前庭に出る実穂子
正樹がハイエースに乗る気配を感じながら縁側を見る実穂子
足をぶらぶらさせたカノンが縁側に座っている
実穂子の視線に気づくカノン

カノン 「ママー」

縁側を降りて実穂子に駆け寄るカノン
カノンに背を向けて玄関ドアを内側から勢いよく閉める実穂子
玄関ドアを背中にして強張った表情で立つ実穂子
ダイニングテーブルでホットケーキを手で掴み口に運ぶカノン
カノンを見て冷静を取り戻す実穂子

実穂子 「カノン、行儀悪い」

口の周りにケーキくずをつけてニッと笑うカノン
思わず笑顔になりカノンの傍に近寄る実穂子
テーブルの上にA4サイズの茶封筒が裏返しに置いてあることに気づく
茶封筒を表に返す実穂子
茶封筒の表には”簡易DNA検査結果”と書かれてある
中身を確かめようか躊躇するが二つ折りにしてキッチンのゴミ箱に捨てる実穂子
庭のほうからシロの名前を呼ぶカノンの声が聞こえる
縁側に面した部屋のガラス戸を覆うレース越しに庭の様子を窺う実穂子
カーテンをつまみあげて縁側を覗く実穂子
縁側に座ってアルマイトの皿を叩いて遊んでいるカノン
カーテンを閉じて天井を見あげる実穂子
”カノンじゃない、カノンじゃない、あれは他所の子、あれは他所の子”
声にならない言葉を呪文のように唱える実穂子
意を決したように大股で歩きだす実穂子
ホットケーキを口に頬張るカノンを抱きあげる実穂子
食事を中断されて戸惑うカノンに実穂子が言う

実穂子 「カノン、いまからママとお出かけしようか」

カノンの表情に明るさが増す

作品名:さよなら、カノン 作家名:JAY-TA