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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Dollface

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 夕方、愛梨が帰ってきて、部屋の中を巡回しながらシンディを呼んでいるのが声で分かった。これだと、どっちが飼い主か分からない。二階に上がって部屋の前を通り過ぎていくのが足音で分かったが、ノックはされなかった。とりあえず、今日シンディーが帰ってきたら、どこを歩き回っていたか、動画を見せてもらおう。そう思ってシンディの玄関になっている部屋の窓を開けてベッドに横になったとき、ノックが小さく鳴った。いつもなら要件を言うが、今日は無言だった。俺がドアを開けると、学校指定のジャージに着替えた愛梨は、俺の肩越しに開いた窓を見て顔をしかめた。
「マジ? また外出してるんだ?」
「秋だからな、活動したくなるんじゃない」
 俺が適当に答えると、愛梨は足元に視線を落とした。 
「その箱、カメラ? ユーチューバーになんの?」
 驚かせるつもりだったが、あともう一歩のところでバレるとは思わなかった。俺は入ってこようとする愛梨の体を外に押しながら言った。
「ならねーよ。シンディにつけといた。どこに行ってるか、気になるだろ?」
「動画だよね? それ、何気にすごくない?」
 愛梨は、愛猫の外出問題で初めて解決方法を見つけたみたいに、目を輝かせた。
「期待するなよ、三十分しか記録できないから。撮れ高があったら、シンディも猫チューバ―だな」
 俺が言うと、愛梨は歯を見せて笑いながら、体を上下に揺すった。嬉しいことがあったときに小刻みに飛び跳ねる様子は、いかにも妹という感じがある。学校でこんな動きをしているとは、到底思えない。
「ありがと、いつ帰ってくるかな?」
 暗黒童話並みの復讐心と行動力を持っていても、結局は可愛い妹だ。俺は首を傾げた。
「それはシンディ次第だな」
「帰ってきたらラインしてよ、わたしも観たい」
 部屋に自分以外の人間を招くのは嫌だし、何より先に動画のチェックをしたかったが、愛梨を説得するのは基本的に不可能だ。俺はうなずくと、ドアを閉めて空き箱を部屋の奥に退けた。
 夜の八時ごろ、ちょうど弁当を開いたタイミングを見計らったように、シンディが帰ってきた。俺は窓を閉めて、まずは首元のカメラを確認した。取り付けたときより傾いているが、一応機能しているし、録画中であることを示すランプもついている。
「お疲れ」
 首輪からカメラを外して電源を落としたとき、シンディの体半分が水を被ったみたいに濡れていることに気づいて、俺は窓を開けた。雨は降っていないし、今日は一日晴れていたはずだ。部屋の中で体を震わせて水切りを始めたシンディを部屋から出し、俺はパソコンチェアに座った。カメラにケーブルを繋いで動画ファイルのフォルダを開くと、中にはひとつの動画ファイルが作られていた。容量からすると、シンディがカメラをひっくり返しでもしていない限り、何かは撮影できているはずだ。真ん中辺りを試しに再生していると、廊下から『おかえりー』と声が聞こえて、同時に愛梨からラインが届いた。
『びしょ濡れでシンディ帰ってきてんね。カメラって』
 文章が途切れた状態で終わっており、俺がドアに顔を向けるとノックの音が響いた。
「どうぞ」
「撮れてた?」
 ドアを開けながらラインの文章を言葉で完結すると、愛梨は俺のベッドの上に飛び乗るように座って、ぽんぽんと跳ねた。
「ちょうど今から再生するとこだよ」
 パソコンのディスプレイ全体に大写しにすると、俺は再生ボタンを押した。首輪の下についたカメラだから、猫の目線よりも低い。地面を這うような映像に、愛梨が歓声を上げた。
「すご、これってシンディ目線なんだ?」
「そうだな。もしかしたら途中から傾くかもしれない。どうして体が濡れてたのかも、これで分かるはずだ」
 記録時間は、シンディが外出していた最初の三十分。最初から再生すると、電源を入れた俺の顔が大写しになって、愛梨がお腹を抱えながら笑い出した。
「いきなり放送事故じゃん。お兄、広角で撮ったら顔やばくない?」
 俺が取り付けるのと同時に猫目線になり、一階の窓から出て行く様子を見ていた愛梨は、シンディが結構な高さから飛び降りて床に着地する様子を見たときに、小さく悲鳴を上げた。
「猫のフィジカル、ナメてたわ。すごいな」
 夏原家の住人と同じように、シンディは玄関側から道路に出て、走り出した。しばらくすると小走りになり、何もない場所に突然座り、また歩き出すということを繰り返している。その気まぐれな行動はまさに猫そのもので、外の仲間らしき野良猫が何匹か登場した。
「公園で見たことあるわ、端のグレーの子。縁は続いてたんだな」
 愛梨が感慨深そうにコメントする中、俺には少し気にかかっていることがあった。この方向に進み続けると、商店街を通り越してしまう。その先は、『オールドハウス』だ。もし、動画の中でシンディが嫌な目に遭っていたら、それは愛梨に見せたくない。だから最初に確認したかったのだが、もう手遅れだった。
「愛梨。多分、このままオールドハウスに行くぞ」
「マジ? あ、その道か」
 愛梨の覚悟を決めたような顔を見て、俺も自然と険しい表情になった。食卓での話題は、愛梨の通学中の安全についてだ。俺と愛梨の見立てでは、犯人は隣駅に近いオールドハウスの住人で、自宅内に監禁か解体が可能な広い部屋を持っている。必然的に一軒家で、それらしい家は数軒しかない。十分が過ぎたころ、近所の子供が近寄ってきてシンディの体を撫でた。子供からすれば下校時間に現れる人懐っこい猫で、仲良くしてくれているのだろう。子供たちから離れてシンディは塀の上に飛び乗り、更に瓦に足をかけると民家の屋根まで一気に登った。車庫の天井から敷地内に飛び降りる姿を見て、俺は思わず笑った。
「不法侵入だろ」
「それな。てか、これって候補ハウスじゃない?」
『候補ハウス』というのは、例のシリアルキラーが住んでいると思われる家のことだ。俺がうなずくと、愛梨は身を乗り出して、足をばたばたと振った。
「絶対そうだよ。平べったい一軒家は怪しいんだって」
 シンディは開け放たれた勝手口から中へ入り込み、車庫でしばらく寝そべった。愛梨のスマートフォンが光り、着信音に思わず肩をすくめた愛梨はスマートフォンの画面を見つめながら言った。
「止めててくれる?」
 俺は動画を見続けていたが、立ち上がってドアを開いた。愛梨は首を横に振って、着信ボタンを押した。
「ごめん、文化祭の子。すぐ終わるから」
 愛梨がよそ行きの声で話し始め、俺はしばらく進んだままになっていた動画を一時停止した。しばらく通話が続いた後、愛梨は『文化祭の子』から解放されてスマートフォンをベッドの上に置いた。
「終わった。残りを観ましょう」
 俺は再び再生ボタンを押した。シンディは差し出された皿からミルクを飲んでおり、手と靴先が見えた。
「家の主? スニーカーはアディダスか。いつも来てるのかな?」
 愛梨は探偵のような口調で言った。俺はその手つきのたどたどしさを見て、首を横に振った。
「皿が間に合わせのように見えるから、初めてじゃないか? 猫に慣れてない感じだ」
 ミルクを提供した主が大きなくしゃみをして、その声で男だと分かった。愛梨が言った。
作品名:Dollface 作家名:オオサカタロウ