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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Dollface

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 俺が冗談めかして言っても、愛梨は全く乗ってこなかった。
「いんや、心配系? 高認とか大検とか、そういう話。てか、抹殺計画なんかわたしの前で話したら、いくら親でもどうなるか。分かるよね?」
「分かるから、心から言う。お前は俺に関係なく、幸せになってくれ」
「不満はないよ、別に」
 愛梨はそう言うと、自分の部屋に戻っていった。どこまでも研ぎ澄まされた態度には、つけ入る隙がない。俺はドアを閉めると、窓を全開にして外の景色を眺めた。二階建てプラス屋根裏という大きな家は、父母の努力の賜物。地面から浮いたところに自分がいるということすら不釣り合いに感じるし、実際そうなのだろう。
 ご飯の残りを平らげてパソコンで動画を観ていると、九時を回ってようやく、か細い鳴き声が窓の傍から聞こえてきた。合図を終えたようにシンディが窓から入ってきて、俺は窓を閉めると一度くしゃみをしてから言った。
「どこ行ってたんだよ」
 シンディは答えることなく、パソコンチェアに座る俺の膝上に飛び乗った。太ももに触れた足先が四つとも濡れていて、首輪だけは従順につけている姿とのギャップに俺は笑った。
「お前はどんどん、愛梨に似てくるな」
 パソコンチェアとベッドの間を往復するだけの人間に心配されたくないだろうが、愛梨が困っている姿は見たくない。いつもならノックの後に『シンディいないから、窓を開けててちょ』と言うだけだが、今日はわざわざ顔を見に来た。いくら不肖の極みである俺でも、いつもと違うことぐらいは分かる。
 シンディは足を丸めて俺の太ももの上で香箱座りになると、青白く光るパソコンのディスプレイを見つめた。毛並みが途切れている場所があることに気づいて、俺はその体をひっくり返した。遊びが始まったと思ったらしく、シンディは仰向けになった体を伸ばして俺の両手を塞いだが、前足の付け根に怪我の痕があることに気づいた俺は、愛梨が心配している理由を悟って、ため息をついた。
「これか……」
 外が安全なら、誰も心配しない。全員が善人でさえあれば、それで構わないのだ。しかし、そんな理想は通用しない。どこかに悪い人間がいて、その事実は不用意に外に出るなと、釘を刺してくる。俺なら、悪い人間は寺井委員長と松戸の顔をしている。寺井佳代なら、夏原愛梨とその取り巻き。愛梨や父母には、そんな存在はいないのだろう。つまり、初めから勝ち負けは決まっているのだ。
 もちろん人間だから、怖いものがないわけじゃない。例えば、商店街を境界線に分断された、昔からある住宅街。愛梨は小学生低学年のころに迷い込み、民家の飼い犬に吠えられた挙句、飼い主にまで『静かにしてくれんかね』と、自分が怒られた。愛梨は今でもその地域には近寄ろうとしないし、俺が名づけた『オールドハウス』という呼び名を今でも使っている。父母も、『商店街裏は治安が悪い』と言っていた。あの二人には、自分が『表』だという、絶対的な自信がある。だからこそ裏の事情には敏感で、数か月前に帰宅途中の若い女が行方不明になったニュースを見てからは、それが最寄り駅のひとつ隣だったこともあって、愛梨が狙われないか心配ばかりしている。
 実録犯罪に興味がある俺が調べている内に、その情報は愛梨にも伝わって、ラインでのやり取りは雑誌記者が自説を語り合う場みたいになっていた。行方不明になったのは二十二歳の大学生で、愛梨は『犯人は面食い』だと言った。
『体温のある人形が欲しいんだよ、こいつは。冷たくなったら次を探すんじゃない』
 言われてみれば、当たっているような気もした。もう少し遡ると、三年前に似たような状況で失踪した人がいて、こちらはOLだった。共通するのは、その目元。切れ長でまつ毛が長く、輪郭が人形の目のようにぱっちりとしている。それに気づいたとき、少しだけ気持ち悪く感じた。なぜなら、愛梨も同じようなはっきりとした目を持っているのだ。
 シンディは俺の顔を見て遊びの時間ではないと悟ったらしく、体を丸めて元の体勢に戻った。両手が再び自由になった俺は、パソコンの画面を見つめた。猫の行動範囲は狭い。しかし、半径で考えるとオールドハウスも圏内だし、要塞のような支柱が住宅街を真っ二つに割るバイパスも、行けない範囲ではない。元野良の行動範囲は広い。俺は猫にまつわるキーワードを色々と入れて調べながら、シンディの後頭部に向かって言った。
「お前のために調べてんだぞ」
 しばらく検索を続けている中で、クリップで引っ掛けるタイプの小型ムービーカメラが目に留まった。価格はそれなりに高く、気軽に買える代物じゃない。しかし、全く手が届かないほどの金額でもなかった。
「割引ありで三万かよ……」
 情けない話だが、口座にはそれとなく『遊興費』が振り込まれていて、俺は自分の立場を理解しているということを証明するために、できるだけ手をつけていない。今動いているものは全て壊れるまで使うし、次は買わないと決めている。もちろん欲しいものはあるが、社会から断絶することを選んでいるのだから、ありとあらゆる欲求も同時になくなってほしかった。しかし愛梨が困っているのだから、これは欲求とは別だ。
 事前に、愛梨に提案するか迷ったが、たまには予想外のことに驚いたり、喜んだりする顔が見たい。シンディの体を抱えて首輪の太さを確認すると、じゃれ始めて顔の前に来るのをどうにか避けながら、俺はカメラを注文した。シンディが肩の上に乗るのと同時にパソコンチェアから離れると、部屋のドアを開けて屈みこみ、外に出した。隣から愛梨が『おかえりー』と喜ぶ声が聞こえてきて、俺はベッドの上に横になった。
 もう今日が最後でいいかと思った日に限って、誰かがこうやって部屋の中に入ってくる。
      
 カメラが届いたのは注文の三日後で、月曜の昼間だったから近所のコンビニまで取りに行った。夏原家は、平日の日中になると俺とシンディ以外、誰もいなくなる。その間に俺がやることと言えば、いつもなら昼と夜に食べる弁当を買いに、昼前に外出するぐらい。最初に帰ってくるのは愛梨で、大抵は居間でごろごろしたあと、晩御飯を作るまでは自分の部屋で眠っている。今は昼の二時で、シンディは一階の廊下に寝そべっている状態。俺は充電が終わったバッテリーを本体に差し込むと、それを片手に持って一階に下りた。廊下でだらりと体を伸ばすシンディの前に座ると、興味を持って近寄って来るのに任せて、お腹を見せるのを待った。カメラの電源を入れてクリップを開いた状態で構え、シンディがぐるりと体をひっくり返して仰向けになったとき、首の真下を通る首輪を素早く引っ張って、クリップを挟み込んだ。シンディは瞬きを何度かしただけで、何も気にしていないようだった。これで、ハードルは全てクリアした。後は、シンディが外に出てくれればいい。俺は一階の窓をわざと開けて部屋に戻り、三十分後に下りた。開けておいた窓の傍に置かれた虫よけが床に落ちていて、シンディがそこから『外出』したことが分かった。
「よし……」
 俺は虫よけを拾って元の場所に戻すと、窓を閉めた。これもある意味、完全犯罪だ。俺が一階に下りてきたことは、誰にも悟られたくない。
作品名:Dollface 作家名:オオサカタロウ